昨日はちえみジョーンズのフォークオムニバス用のレコーディングでした。かなりの強行スケジュールの中、みんな楽しくいいものが作れたと思う。たくさんの人に聞いてほしい。でも発売日とかはまだ聞いていないので、わかり次第。
録音したのは2曲。バンドで1曲とアコースティックでシンプルにもう1曲。もう今日は寝ます。ちえみblogにレコーディング風景が載っています。ストーンズの映画みたいにかっこいいスタジオです。(おやすみ)
昨日はちえみジョーンズのフォークオムニバス用のレコーディングでした。かなりの強行スケジュールの中、みんな楽しくいいものが作れたと思う。たくさんの人に聞いてほしい。でも発売日とかはまだ聞いていないので、わかり次第。
録音したのは2曲。バンドで1曲とアコースティックでシンプルにもう1曲。もう今日は寝ます。ちえみblogにレコーディング風景が載っています。ストーンズの映画みたいにかっこいいスタジオです。(おやすみ)
疲れた。
でも心地よい疲れ。
いいものできた。
アンクルカレーを食べながら
これを打っています。沖縄でアンクルカレーが食べられる世の中になるとは夢にも思わなかったなー。かわづくん、しずちゃんありがとう。でも生玉子2つ入れたらマイルドになりすぎた。次は失敗しない。サービス券が入ってなかったけど、かわづくんがとったのかな。集めてるのに(<嘘)ひどいなー。
(アンクルカレーは北九州市にあるバードマンハウスというライブハウスの近くのカレー屋さんです。とにかく安い。300円でチキンとビーフのルーがつく。バードマンハウスは僕が以前働いていたので僕はよく話題に出します)
おお、テレビでジャッキーチェンの映画をやっている。
僕は以前デパートの中にある旅行会社で働いていました。香港キャンペーン用にジャッキーチェンのほぼ等身大看板が目立つところに飾られていました。そこのデパートはアメリカ軍基地が近かったので、軍人さんのお客さんも多く家族連れや若い人達にもジャッキーは人気でした。ハリウッド進出は成功だったみたい。
日本の子供とアメリカの大人と子供はジャッキーを見つけた瞬間かならず「ジャッキーチェン!」と言います。「ジャキチェン」「マーミー、ジャッキーーーチェーーン」「オー、ジャキー」といろんな「ジャッキーチェン」を聞きました。コンパクトに「ジャキチェン」という人が一番多かったようです。ほんとに例外なくみんな口に出すので僕は途中からとてもおもしろくなってきて、一時期はマイクを仕込んで全部録音して編集でつなげてみんなに聞かせようかと思ったくらい。ほんとにやっていたらかなりおもしろいものができていたと思う。
「ジャキチェン」「ジャキチェン」「ジャキチェン」「ジャキチェン」「ジャキチェン」「ジャキチェン」「ジャキチェン」「ジャキチェン」、、、、。
昨日の夕方はきれいだった。
今日の夕方もきれいだった。
今日はなんの話だったか。
僕はネタに詰まるほど、深く考えない。
とみんなに思われたいが実は考えている。
スクーターに乗りながら。
今日は「写真」について。
僕は写真を撮ったり見たりするのが好きです。最初に吐露しておきますが、すごい写真とかはもちろん撮れない。デジカメ以外のカメラを今は持ってません。こせんせんせいに古くてジョートーなのを借りっぱなしですが、一度失敗し自信をなくしそれ以来触ってません。
つまりかなり不真面目な写真愛好家なのです。でも密かな自信を持っているのでたちが悪い。(いろんなものに持っています)沖縄に来る前あたりに結構いいカメラを買って、僕のなかでかなり盛り上がっていた時期がありました。その時はいろんな本を読みあさって独り学んでいました。で、バードマンハウスつながりの人は知っていると思うけど、僕は以前写真コンテストを催したことがあります。
これはとてもいい企画なのでメモのご用意を。
その名も「パシパシ大賞!」
友達がスライド写真の映写機を拾ってきたので試してみたら、全然問題なく動いたので僕は部屋の壁に自分が撮ってきた写真を写して遊んでいました。みんなでやったら楽しいと思い立ち、草の根運動でスライド写真の簡単さを教えて回り、コンテストを開きました。エントリー料はひとり300円だったかな。商品は「みんなから集めた参加費の合計でできる限りの引き延ばしをして、バードマンハウスに飾る」というものでした。会場はバードマンハウス(昼でも暗い)。審査委員はその日見に来てくれた人全員。そういえば1回目は地元デパートの宣伝課長が特別審査員として参加してくれました。景品のCDプレーヤーを持って。嬉しかったなー、あれは。
審査方法はいたってシンプル。第1次審査は挙手投票。一通り見てもらってから来てる人全員で挙手投票。
片手=1点
両手=2点
なし=0点
上位10位くらいを選んで最終審査に突入。もう一回見てもらいます。で最後はみんなに好きなのを3つとその理由を紙切れに書いてもらって、集計。得票1位が「パシパシ大賞」です。おめでとう!
何を隠そう第2回目の大賞は僕でした。僕は司会もやっていたので会場の不満は最高潮。受賞のコメント時に「次の課題はみんなに素直に祝福してもらえる人格づくり」とか言ったはず。この企画はたしか3回目を最後に実行者がおらずストップしています。興味ある人やってみられてはいかがでしょう?学校のサークルとかの人も、ただ撮り続けるより楽しいと思います。その時のネーミングはぜひ「パシパシ大賞」で。
最後に注意点
1 審査は素人によって行われることを必ず参加者全員に伝えておくこと。
マニアの人が来て「なんじゃーこりゃー」とか言われたくないでしょ。「大賞」はほとんどしゃれです。みんなが見せあいっこして盛り上がることが一番大切。
2 最終審査で3つ選んでもらうと無難なのが大賞になります。1つにしてもらったほうがいいかも。
3 タイトルに凝る人が必ず出てきますが、寛容に。
今日の夕方はきれいだった。
夕刻7時頃、普天間三差路から伊佐に降りていく大きな道をスクーターで走りながらちらと右を見た。キャンプフォスターの向こう、低い沖縄の山から西岸にむけて同じ形をした入道雲が紫色に連なりつつ、太陽は水平線の指一本分上のところ。海はオレンジ色にきらきらしていました。
いつもここから見渡す景色はきれいなのですが、今日はさらに美しかった。バイクを止めてひとりで見入っているにぃちゃんもいた。
ちょうど太陽が沈む方向、北谷(ちゃたん、と読む)の美浜(最近よくないことで有名になった。みはま、と読む)の海辺で用事があったので、「海に沈む太陽をもっと近くで見よう」と思って楽しみに走っていたら、選挙の渋滞につかまって間に合わなかった。ちぇっ。
でも途中でも夕日の写真を撮っているおじさんを見た。きっとほんとにきれいな日だったはずねー。(見らんとわからん、わからん)
この前高知に行った話をここで書きました。
そしたら、来ました。高知から。ちえみさんへの出演依頼が。また力を使ってしまったよ。
まだ本決まりではないですが、高知県安田町の夏まつり。早速地図で調べたら高知県西部。(<あきらかに東部の間違いでした8/4)高知市よりも室戸岬に近い。僕が行ったことのないエリア。うれしい。決まるといいねー。
ちなみにお願いしてきてくれた人は、このホームページを見てない人なので本当に偶然なのです。なんでも友人にちえみさんを熱烈に応援してくれている人がいるらしく、じゃあ今年は沖縄から呼んでみよう、ということになったらしい。
でももちろん連絡先もわからない。
ダメもとでFM沖縄に問い合わせてくれて、でFM沖縄の人がこっちにメールをくれて、、、というすばらしい連携プレー。
高知は縁があって僕も今まで3回(4回か?)行ってるのですが、いいところですよー。ゆっくりで。土佐弁も耳に心地よい。「・・・ゆーき」とか。今まで行った日本で沖縄の次に好きかもしれん。県民の年間平均所得が低い順に好きみたい。3番はどこだろう。知ってる人。
行けるといいね。みんなの力を貸してくれー。日本トランスオーシャン航空那覇>高知。直行週3便。お盆でいっぱいになっちゅーき、帰りがとれんー。たのむー。とれてー。お願いやき。
実はさっきまでうちの電話が止まってまして、どうやら6月と7月ぶんを勘違いして払っていたようです。まる2日間止まってたのですが、(メールはよそでチェックしてた)家でつなげないとバイトから帰ってきて、時間をゆっくり使えている自分に気付きました。なんか昔の自分ぽかった。本を読まなくなった理由もほんとは知ってるのです。
「あーそうさ、俺はパソコンが好きさ。ずっとやってるさ」
(脱力、福田君風)
明日の夜から、ジャガーさんが登場します。どんななるかなー。
「ダメ人間の話の続き」
昨日今日と久しぶりに古本屋へ行った。この前も書いたけど僕は沖縄に来てめっきりと本を読まなくなったので、九州にいた時みたいにやみくもに本を買わなくなった。最近このページを作っているので生活のめりはりがあまりにもなくなってきてしまい、なにか楽しく読めるものがほしいと思って古本屋に行ってみた。自分の作っているページを見ていると、いろんなできてない部分ばっかり見えてしまい、果てしなくやることが出てきてしまう。性格上ほってはおけないのだがすぐにはやらないので、ちょっとダメな気分になる。たまには違うことをしないとね。しかし昨日買ったアメリカ人の小説は1ページも開かずに手に持ったまま眠ってしまっていた。
もすこし話をそらすけど最近は小説を読もうなんて気にどうしてもならない。たまに本屋に行っていつも探しているのは漠然と「おもしろい旅行記」、さらに漠然と「一昔前のおもしろい旅行記」です。時代は19世紀終わりから20世紀半ばまで。まだジェット飛行機が生まれる前の時代。別に飛行機が出てこなくてもいいのだけれど、冒険っぽくてなおかつその人の生き様をどきどきしながらいっしょに辿れるようなやつ。どう考えてもサン=テグジュペリのイメージですが、他のものがなにかあれば。と思っています。なにかオススメしたいものがある人はgbookかメールしてください。注文してまではきっと読まないですが、古本屋で見かけるような偶然があったらきっと買うでしょう。また持ったまま眠るかもしれませんが。
今日買ったのは雑誌です。アメリカを代表する雑誌の日本語版、1987年の春に発行されたもの。NTT株の話など書かれてあってなかなかおもしろい。僕が雑誌を買うのはホームページのレイアウトとかの参考になるものがないかなという下心で買うことが多く、今日もそうでした。一昔前の雑誌とかかなり昔のなにかの教科書とかが目新しくていいです。使われている絵がいい。
そして(短い)本編に入ると、その雑誌に世界の坂本龍一さんのエッセイが連載されていました。表題は「papa坂本の、食の倫理感覚」というもので子供の食生活から日本の家庭崩壊へと続くお話。そこで見つけた一文。
「アーティストというのは、ある意味では欠陥人間だ。欠陥があればこそものを生み出せる、といってもいい。」
「ダメ人間」ではなく「欠陥人間」だったのだ。世界中の欠陥人間のみなさん。がんばりましょう。あなたなら何かを生み出せる。僕もがんばるよ。
という短いお話でした。
しかし、坂本さんの言葉は
「ただし親としては子供たちになるべくノーマルな環境を与えたいと思っている。」
と続いているのでちょっと注意。
おとといの夜は「うさぎ3」の計らい(<粋な)でなんとかジャガーさん(博多ザ・ブリスコ)と会って居酒屋で楽しくお話しできました。想像に違わずやさしい人でした。僕はステージを見たことは実はないのですが、噂はたくさん聞いていました。「まめじゃないんよ、好きなんよ」の言葉で非常に興味を持たされていたのでジャガーさんのblogger参加はとても嬉しい。
僕は念力があるようで、はらっぱからっぱのかとうさんの時も願っていたら、面識もないのにある朝向こうから突然のメールが来たりしてなんかすごいです。この力はこれからもいいことに使おうと思っています。今回もメッセンジャーうさぎ3のおかげでここにつながった(ガッタ!)わけです。おもしろすぎる!
次に念じてるのはあの人、そしてあの人、いやあの人も、なのだ。念念念念。
すばらしい人ってたくさんいるよ。
11,12,13,14,15,16。5日間も書いてないよ。
下に書いてあるRBCラジオのオンエアはなかなかおもしろかった。編集したヒトがよかったんだろうなー。おもしろいのはベギーさんは完全に酔っぱらっていたのに、いざラジオを通して聴くと演技しているように聞こえてしまうということです。僕はラジオという伝え方が好きで実はテレビより伝わるのではないか、と思っていたのですが、こういった逆パターンもあるのだなと思いました。
かとうさん、毎日書いてるねー。
加茂川で寝れるのか。ほんとかなー。僕はよく外でもどこでも寝れるようなヒトだど思われたりするのですが、そんなことはなく、新幹線とか飛行機でさえも満足に寝ることができない。
今思い出した。3〜4年前に岡山の唄うたい「ししゃも」君と高知に行ったときのこと。その時僕は「さかな定食」という「バードマンハウスに集まるひとたち」主催のイベントで使った大量の流木をトラックで岡山まで運んだあとで(<意味わからんでもいいよ)帰りの旅費として渡された1枚の18切符を使って四国に行こうと思い立ったのです。「瀬戸大橋楽しみー」と連発していた僕は電車が橋を渡っている時かなり深い眠りに落ちていました。「ししゃも」くんは2回も起こしてくれたのですが、僕は起きませんでした。
讃岐そば。途中のさびれた名もなき街(<ホントはある)。銭湯を見つけてふたりで思いがけず一風呂浴び旅の至福(ニコニコ)。真っ暗になる頃についた街では星が燦々と流れていました。きれいだった。高知のうたうたい「やまちゃん」(山地たかひろ)がそこまで迎えに来てくれました。高知市についたのはもう12時過ぎ。かつおのたたきを食べたあと。僕はてっきりやまちゃんの家でぐっすり眠れるだろうと思っていたのですが、やまちゃん曰く今日はどうしてもダメだとのこと。(その何年かあと泊めてもらった)でもやまちゃんは家から立派な布団を3セット持ち出して来てくれて、これをどこかにひいて寝よう、と言ってくれました。それから車でまた1時間くらい揺られて着いたところが山奥のとてもとても小さなJRの駅でした。ししゃも君は駅のなかのベンチ(木製)で、僕は駅の外のベンチ(木製)で、やまちゃんは車で、それぞれ布団をひいて寝ました。細いベンチだったので何回も落ちそうになってその度に目が覚めました。
朝になると無人駅だと思っていた駅にも働くヒトが来て、行き来する人々の足元で立派な白い布団で眠る二人の男がいましたとさ。
楽しかった。やまちゃんありがとう。ししゃももやまちゃんも元気かいな。
それにしても昨日のRBCの収録はすごかった。
15分くらいをとるだけで2時間くらいかかりました。DJがちえみさんも仲のいい「脱力クラブバンド」の福田君だったのがまずかった。福田君の部屋でしゃべっているというとてもおもしろい設定で、最初は調子よく7月14日のCDの話とかしてたのに、だんだんほんとに部屋で話をしているかのようになってしまい、途中からいつもの罵り合いみたいになってしまいました。その場にいたスタッフは大爆笑の連続だったのですが、どう考えても使える部分がない。さらに途中からは脱力隊員のあのベギーさんが参加。時間まちの間、酒を飲みながら放送禁止用語のはなしで盛り上がっていたベギーさん、もう止まりません。やさしいスタッフや僕はもう涙が出るくらい笑ったのですが、やっぱり使えるところがない。最後はもうマイクの前で眠りかけていました。(そのあともまた復活してましたが)ベギーさん、かっこいい!
果たしてこのメンバーでまた集まることがあるのでしょうか。「次は最終回だな」と言ってた人もいましたが。それにしてもあれは編集でなんとかなるものなのだろうか。おもしろさの絶頂で誰か(ベギーさんかちえみ)が使えない発言をしつづけていたので、編集はきっと至難のわざだろう。これはのちにインターネット放送としても使われるらしいので沖縄県外の人もいつか聴くことができるでしょう。とりあえず今は7月14日RBCラジオ23:00〜24:00をお楽しみに!
その名も「戦え、脱力警備隊!」(そのまま)
今日は、ちえみさんのラジオの収録です。アメリカとまではいかないけれど。いつもと違うところでやってます。新鮮だ。
僕はめったにモノをなくさない。のだけど。
友人が来ています。はりきって泳ぎに行ったら車と家の鍵をポケットに入れたまま泳いでしまい、あえなく紛失。3時間くらい待って大金を払って鍵を作ってもらい、そしたら今度はバッテリーがあがっていた。ビーチハウスのおばちゃんとにいちゃんとお客さんとの人情が絡み合う、大スペクタクルドラマが繰り広げられました。うちに帰り着く頃には車の明かりが消えてしまって、案の定、僕の車は家の駐車場で2度と動かなくなってしまった。明日はどうするのだ。今はうさぎ3に送ってもらっチャボのビデオを見つつ「かわづくん」とだらだらお話ししています。「しーちゃん」は寝てしまったよ。
僕の車は1年前に当時働いていた会社の上司から1万円で買った小さいやつで、今年の1月4日に車検が切れて、悩んだあげくもいっかい車検通してまだ乗っている。今日年式を見たら平成8年だった。なんであんなにぼろぼろなのだろう、というとに今日気づいた。給油口の蓋はガムテープで止めているし。台風の時は左のヘッドランプに半分くらい水が入ってしまっていた。錆びて水が黄色くなって左の明かりだけ黄色かった。1月4日に車検が切れて1月5日に動かそうと思ったらエンジンが本当にかからなかったという、とても律儀なやつなのだ。
僕のくるまの鍵は今あの海のどこかでゆらゆら揺れているのだろう。10年前インドのシッキムというところで買った、黄色したよくわからない金属で作られた指輪もいっしょに揺れているだろう。これでまたあの海に潜りにいく理由ができた。別に鍵なんてもういいのだけれど、あの広い海の中で見つけてしまうという偶然を味わいたい!のだ。
不覚。(ちぇっ)
疲れたー。
あしたからともだちがやってくる(らしい)。北部九州は今朝大雨洪水警報が出てましたね。バードマンハウス大丈夫だったかな。今週末も泳げるかな。あしたバイトが終わってから泳ぎに行くつもりではある。台風が台湾のところを横切ったおかげで最近風が強い。台湾坊主という言葉があったな。まあいいや。今日はなにを食べよう。よるめしの問題。沖縄の弁当は安い。400円。ふたが閉まらないくらいご飯が入っている。揚げ物が多いのでたまに疲れて嫌になる。が、あの沖縄揚げ物400円弁当シリーズをいちばん数多く食っているナイチャーはきっと僕だろう。断食は安全に。電磁波は人間に。
断食は安全に
おれも断食。(<嘘)
流行りそうだな。
僕の昔の知り合いのおじさんの話。(<実話)
彼はコレステロールを貯めすぎて4月1日の夜に38才の若さで心臓発作に襲われて倒れたそうな。命からがらかけた3人目の電話でやっと冗談ではないことをわかってもらえて一命をとりとめたらしい。僕と彼が出会ったのはその3年くらいあとでした。そんな彼も僕と知り合った頃ノンコレステロール食評論家みたいになっていたのだけど、週1回のピザだけはどうしても我慢できず、その1枚のピザを食べるために週1日、紅茶だけを飲んで過ごしていました。
そんな彼の違う4月1日の話を思い出しました。
当時彼には奥さんがいたらしく、幸せな二人の生活を送っていたそうです。とある4月1日の朝、いつものように目覚めていつものようにトイレへ。寝ぼけたまま時間がかかる方の用(<英語では"ナンバー2"という)を足していたところおしりの下がなにやら暖かくなってきたそうな。よく見ると彼が座っていた洋式便器はサランラップで蓋がしてあったそうな。
だれかやってみてください。
あのおっさん元気かなー。2度と会うことがあるのだろうか。彼は僕の20代前半のヒーローでした。負けず嫌いで、夢想家&しゃれ好きで、ハッタリ系芸術家(写真とってました)で、なまけもので、女にもてて、男友達はほとんどおらず、職を失っていつもクロスワードばかりやっていました。若かった僕はころりと騙されてしまってました。(こういうのを"かぶれる"という)
最近の僕はヒーロー不在で、いいのかわるいのか。何事も盲目的にやるなんてことがなくなってきました。でも今思えば、あのころもまったく同じように思ってたのでした。ただわかるのがいつも遅いだけ。
さすがにちょっと毎日書けなくなってきたよ。さっき帰ってきてもう寝るよ。最近みんな書いてるのでちょっとお休みしてもいいのさ。じゃあお休み。
あー、やっちまったぜ。
まっずーいことを。
ブルー。
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