October 2001 Archives

169

|

あと1時間で我が家の常時接続定額サービスが開始される。まず何をしよう。triple j のネット放送を聴きながらブロッグする僕の夢が叶う。その他、やっぱりチャットとか、ストリーミング放送とかそんなことをやるのだろうか。

しかし、ひとつやらなけらばいけないことがある。
僕がプライベートで使っていたメールアドレスが使えなくなるのだ。マックを作っているアップル社が提供しているフリーのメールアドレスを使っているのだけれど、なぜかその設定画面に辿り着けず、転送先を変えられない。

あと1時間弱で僕の@mac.comのアドレスは使えなくなる。というかメールが送られても僕の所には届かない。(@keeponmusic.comは関係なく使える)

おかしい話なのだけれど、同様に設定画面に辿り着けない人がたくさんいて、ページ内にトラブルBBSとかもあって、でも全部のアドバイスを試してもなにも変わらない。アップルも見て見ぬふりしているとしか思えない。むかつくぞー。パスワードの変更もできるのに、ログインできないなんて本当におかしな話。新規ユーザーとして登録しろというメッセージが果てしなく続く。くそー。このままあのアドレスは死んでしまうのか。最後の望みをかけてもういっかい今からやってみるつもり。

wish me good luck.


沖縄に来ていたflash back 9の写真をデジタルカメラで200枚近く撮った。いいのを10枚くらいfb9ページの管理人のさちさんに送るつもり。しかし結構不作。さちさんがなんとかしてくれるでしょう。fb9ページで使われるのを楽しみにしています。(まだ送ってないが)

ちなみにライブ写真はほとんどない。
良いライブ写真は僕には難しすぎるし、僕はプロではないのでそんなことよりライブを楽しみたい。それにネット上で紹介できる写真の大きさは限られている。やっぱ大きくすると表示に時間もかかってよくない。小さい写真でよく見せるためには出来るだけアップで撮らなければならない。アップにするためには前の方までがんばっていかなければならない。前に行くと後ろの人が見えない。実はキーポンはでかい。

という循環式を巡っているのです。

さて、今夜中に送れるかな。
たぶん。

168

|

fb9を空港に送ってきた。
彼らは今ごろゲートが開くのを待ってるところだろう。

また遊ぼうな。

167

|

今日はfb9もオフ。
あしたお帰りです。
いやー楽しかった。
楽しい奴らだ。

眼がやっと治り始めてきた。まだ真っ赤なんだけど、痛みごろごろ感がなくなり楽になってきた。さっき泳ぎ納めてきたのでちょっとまた悪くなってきている気がしないでもないが、とにかく今は大丈夫。

一昨日は人と会う用事があって那覇に行っていたのでさすがに眼帯をして行った。生まれてから2回目くらいなのでかなりの違和感を感じた。ドラッグストアで買った298円のものだったし、すぐずれた。

片目でほとんど初対面の人と話すのは結構難しい。もうまばたきも無意識ではできなくなってしまって、おもしろい話だったのになかなか会話に集中しづらかった。今まで自然に視線をコントロールしてたのが嘘のようだ。次はどこを見て、次はアイスティー見て、とかなり大変。

とくにまばたきはタイミングを間違って遅れ出したらもう遅れっぱなしで、すぐに眼がうるうるしてくる。そんなとき話し相手はまっすぐこっちを見ていたりして、「ああ、違う用事で来てるのに、心配させたらまずい、プロっぽく振る舞わなければ、ああ、やばい、どうしよう」とか一瞬のうちに考えたりして、もう小パニックです。

ヒトが無意識でやっていることって結構重労働なんだなと、あらためて思い出させられました。

現在その他客人も来ており、4人トランプ、ひとりファミコン、ひとり風呂、ひとり酔いつぶれ、ひとりパソコン前の状態。現代の子供が大人になったような勝手型部屋遊びの縮図が展開されています。

これも今日まで
さびしくなるねー
また今度

ばいばい。

166

|

名護、ハッピーフラワービーチパーティー行ってきた。

ダダチャイルド、かっこよかった。最後のどんと院バンドにもフラッシュがちらほら参加してたのもよかった。風太郎さんと同じマイクでコーラス入れてたよ。

「もーしか、もしか〜」

ってさ。
決してお客さんがたくさんいるわけではないんだけど、去年よりも確実に人が多くなっていてこの調子でいけば、来年もまたより多くの人が集まる。そして次の年はもっと多くの人が。

ダダチャイルド始め、スタッフの人たちありがとう。
ほとんど手伝わないで帰ってきたけどさ(フラッシュバック9とちえみJは手伝っていた)来年もまたよろしく。

どんとま〜ん

(眼が、、、)

165

|

眼が痛い。左目が強烈にごろごろする。
両目を閉じたままで今これを書いている。早くなおらんかな。このままじゃ眠れやしねーぜー。あー。

昨晩のライブはみんな最高によくて、打ち上げも非常に楽しくて、最高の時間をたくさんのヒトと過ごした。のに眼が痛くて痛くて気持ち的にあんまり参加できなくて悔しかったよ。

それでも蛍の光が止まって電気が消えるまで居酒屋で呑んで帰って、泥のように眠っていたらあれからさらに飲みに行ったはずの「ひろぽん(Dr.)」から10時くらいに電話で起こされた。

「確かフラッシュバック9の誰かが明日泳ぎに行くならいっしょに行くって言ってた気がするんだけど。。。今から真栄田岬行くけど行かんかなー」と。

寝てるっちゅーーーねん。
眼が痛いっちゅーーーねん。

頭が回らない。
左の鼻からだけ鼻水が出る。
目薬味鼻水。

164

|

とりあえずバックくんはファミコン、9くんは漫画、フラッシュくんはCD聴きながらギターを弾いています。

バックくんは予想通りルイージくん(<僕)にぼろぼろに殺されまくり悔しがっていました。ルイージ君はぐっすり眠ったとさ。

今日は宜野湾k-mindで楽しいライブです。一昨日のフラッシュ君だけの弾き語りを見るだけでもfb9がかなりパワーアップしているのがわかるなー。

人格的にもパワーアップしていればいいが。


163

|

僕は睡眠に入りたいです。

その前にバックくんをマリオブラザーズでやっつけてから眠ろう。

162

|

「あなたは今どこにいたい(行きたい)ですか」

もう4年前かな。北九州で「おひさま定食」というイベントを「バードマンハウスに集まる人々」主催で催した。音楽ステージをメインにフリーマーケットや創作物の展示会などをだったぴろい野外公園でやるというイベントだった。

展示会参加者を探すためいろんなところに行った。僕が行ったのが市が当時やっていた(今もあるかな?)奨学金制度参加者のアトリエでした。そこにいた3分の1くらいのヒトは海外から来ているヒトで全部で20人くらい。そのうちのひとり、ドイツから来ていた青年がこころよく「おひさま定食」という素性のわからない展示会への参加を快諾してくれた。他の人は準備をする暇がないということで、難しいようだった。まあしょうがない。

その青年(名前が思い出せない、なんてことだ)は「ツーリストリサーチ」と称しておもしろいことをやっていた。彼は「あなたは今どこにいたい(行きたい)ですか」という質問を多くのヒトにして、それをパソコンに取り込んでデータベースを作ろうとしていた。取り込むのは音と絵。絵はその場で描かされる。

僕らは芝生の上にコンセントを引っ張ってあげて、机ひとつと椅子二つ用意した。彼はパソコンとスケッチブックを机の上にのせ、ただ来るヒトに同じ質問を繰り返し、絵を描いてもらい声を録音し続けていた。僕も暇を見つけて参加しに行った。その時にいままで回ったいろんな国のインタビューを見せてもらった。南米からヨーロッパやら日本やらいろんなところでやり続けていたらしくものすごい数が集まっているようだった。彼は彼のお気に入りのインタビューをいくつか見せてくれた。

ヘッドフォンを借りて、いろんなヒトのいろんな絵を見ながらいろんな「行きたい場所」についての説明を聞いた。山の国のヒトはきれいな海辺を望み、海辺の人達は美しい緑を望み、また政情不安定な国の人達は平和な場所を望んだりしていた。全部が日本語というわけではないのでわからないのもたくさんあったけど、いつまでも世界中のひとたちの「行きたい場所」についての気持ちを聞いていたい気持ちにさせられた。

この前そのことをふと思い出して彼のホームページがあるのではないかといろいろ探してみた。もらった名刺のアドレスはもう使われておらず、結局居場所はわからなかった。マストリヒト大学の学生ということだったので大学のページでいろんな検索をしてみたが見つからなかった。

あれから4年でしょ。もし彼があのときやっていたことをずっとやり続けて今に至って、それをホームページとかで紹介していたりなんかしたら、それはもうとてつもなくおもしろいページになっていることだろう。

そんなページに心当たりがあるヒトは、ぜひ教えてください。
鶴坊もちえみジョーンズもその中に入っています。僕も。

161

|

沖縄の長い夜

沖縄のヒトは夜型とかよくいう。全くもって否定できない。僕はお酒が弱いのもあるけどすぐ眠る。夜が弱くて朝も弱い。そして休みの日には早く目が覚めるという典型的なナイチャーだ。

うちなーんちゅは子供の頃から鍛えているので底力がちがう。アルコールにも強い。呑んで酔っぱらってるヒトはそこら中にいるが、眠ってしまうヒトはあんまり見ない。

本屋とかスーパーマーケットの営業時間も内地と比べるとかなり遅い。ほとんどの大きい本屋は早くて0時、おそくて大体1時に閉まる。閉まるスーパーも大体0時に閉まる。閉まらないスーパーは24時間。本島中部に多い。

週末、大きい本屋に行くととにかく人がいる。老人から子供までなにするともなしにいる。立ち読みしている。駐車場は車だらけでなにかイベントでもやってるかのようだ。子供の夜遊びをたしなめる看板は多いが大人もそんなに気にしていない風に見える。11時、12時頃に家族連れが歩く風景は一見ありそうで内地ではほとんど見ない。

僕が子供の頃なんて9時にはもう寝てたよ。「夜のヒットスタジオ」とか始まったらあまりの夜更かしにどきどきしていた。なぜかあのコーヒーの宣伝の「ダバダーー」という女の人の歌声が僕の夜の象徴だった。

さっき本島中部地方(ちなみに那覇市は南部)に広く分布する24時間営業のスーパーマーケットチエーン店「ユニオン」に行って来た。2リットルのお茶を買ってきた。レジは4つあるんだけれど今夜働いていたのは女の人ひとりと奥に店長っぽいおじさんがひとりだけだった。客は僕を入れて3人。

昼間もちゃんとヒトの来るスーパーマーケットなので品揃えもちゃんとしている。野菜や魚もあるし惣菜もある。

店長とおぼしきおじさんは魚をさばいていた。静かな夜のスーパーマーケットで静かに魚をさばいていた。包丁の腕を磨くにはかなりいい環境だ。だれもせかさないしね。おじさんはまるで趣味を楽しむかのように白いプラスチックの容器に刺身をつくり続けていた。

羨ましい気持ちが少しした。
夜、ひとりで自分向きに気持ちを向けつつなにかをするというのは、きっとヒトに必要な時間だ。いろんなところででこぼこになってしまった自分の心をまーるくするような作業だと思う。

ユニオンで働くか。


(明日は「あなたは今どこに行きたいですか?」という話。たぶん)

160

|

「キーポンミュージック.comの未来」

僕が魅力的だと信じて止まないミュージシャン達にそれぞれ好きなことを好きなときに書いてもらう。僕的にはこれは画期的な仕組みではないかと思っている。でもやってもらうからにはこちらもそれなりの努力をしなくちゃいけないな、と。

昨日、初めて糸井重里さんの「ほぼ日イトイ新聞」をゆっくり読んだ。(といっても全部は読めんけどさ。メールサービスも申し込んだ。)すばらしいページだと思う。糸井さんの好きな人達にテーマを決めて書いてもらっていて、内容は多種多様。きむたくも以前は連載していた。(わけあって中止になった。)僕が頼もうと思っていたのに先を越されたよ。(<嘘)あんなことできたらいいなと思う。もちろん僕のできるレベルでね。

で、僕も待っているだけではなくいろんなヒトに声をかけてまわろうかな、と思っているわけです。

ただ非常に不安。ヒトは何かを始めるとき漠然としたゴールのようなものがあると思うのです。それぞれのヒトのゴール感覚(<誤用)を満たすことが果たしてできるのだろうか、と。それは単純にアクセス数とかを気にして日々過ごしたくないという甘えだったりもします。

あー、僕が糸井さんのような人気者だったらおもしろいことできるのになー。なんてことは多分言ってはいけない類の発言ですね。はい。でもそんなことを乗り越えるつもりで挑戦していくべきではないでしょうか。自慢じゃないが今までそんな挑戦をしたことはない。これを挑戦だと思っている時点でもうだめかも。失うモノはたぶんない。

きっと楽しくすることだけ考えていればいいんだろう。楽しくするためにやればいいと思うことをいろいろやっていけばいいんだろう。

まだ迷ってます。

バイバイ。

159

|

黒は似合わない気がするな。

158

|

調子に乗ってハイスコア出してたらtaroにあっさり抜かれた。
抜き返して画像付きでここに載せてやろうと思ってずっとやってるんだけど、ぎりぎり2115どまりでこれ以上いかない。1800あたりから通る場所を間違ったら曲がりきれなくなってくるよ。

下のゲームの話です。

悔しいので1111とかぞろ目をだしてやろうと頑張ったけど途中で虚しくなってやめた。

まあいい。

ずっとやってたら「坊や〜よい子やねんねしな〜」の意味がわかった。

まあいい。

今朝はすばらしくいいお天気でした。
明日は泳ぎ納め。行けるだろうか。

フラッシュバック9がやってくる。
さっき電話したら「今渋谷でぶらぶらしよんですよ」とご機嫌な様子でした。

157

|

HI SCORE:1,862!

156

|

単純なものほど癖になる。

僕はゲームは簡単でなくてはならないと思う。誰でもが、すぐに始められて、すぐにやめられて、すぐ楽しくて、ずっと楽しいのが僕の理想のゲーム像だ。誰もが忙しいこの世の中では馬の乗り方を習ったり弓の練習をしたりなんてそうできない。

ゲームはゲーム。本物ではない。でも誰でも本物の相手ばかりしていたら疲れてしまう。ゲームは必要だ。テレビゲームが必要だというわけではなくて、日々の生活にゲーム(感覚?)は必要だと思っているのだ。ま、僕が今言ってるゲームというのはテレビゲームのことだけれども。

???

理想のゲームに欠かせない要素のなかでいちばん難しいのが「ずっと楽しい」ということだろう。技術的にある程度行ってしまったらもうおもしろくないゲーム、技術を極めるのが目的のゲームさえある。ずっと楽しいゲームなんてそもそもあるのだろうか。とにかくテレビゲームの場合は相手は単純なコンピュータだ。

ずっと楽しまれているテレビゲームの代表格はやっぱり「テトリス」だろうか。これはコンピュータ相手とうよりは自分相手なのがいいのだろうか。初めての人でもおもしろいし。でもやたらうまい人がつまらなそうに果てしなくテトリスやっているのを見かけるな。でもあれは楽しいからやっているのだろう。(ほんとはたぶん暇でしょうがないだけなんだろう)

いわゆる「オセロ」と呼ばれているゲームの箱に「一分でわかるが、一生かかってもわからない」なんて書かれている。

そんなことなら麻雀だ!とつっこまれそうなのでさきに言っておくと麻雀はすばらしくよくできたゲームなのだけど最初が大変。そうでなかったら麻雀人口はもっと多かったはずだ。僕はあんまりやらないけど、まわりに好きな人は多い。みんな楽しそうだ。テレビゲームの麻雀はつまらない。

このたびノーベル化学賞を受賞した野依教授は「有機化学はマージャンよりおもしろい」という名言を残しているそうだ。


さっき恐ろしく単純なゲームを見つけてひとりではまってしまった。ウォーム(みみずみたいなかたちの生き物)を重力のある洞窟の中で右に進ませていくだけのゲーム。なんにもしないと下に墜落してゲームオーバーになる。マウスのクリックボタンを押している間はウォームは上に向かって進む。指を放すと放物線を描きながら、加速度的に下に落ちていく。上、下、障害物にぶつからないように進んでいく。小さなゲーム画面をクリックするといきなり始まる。

慣性の働き加減がいい。この気持ちいい感じはなんだ。ヒトの想像する飛んでいる感じみたいなものに近いのだろうか?とても不思議に思えてきたぞ。おお、ほんとになんでだ?

お暇ならどうぞ。
worm.

155

|

welcome!

パスワードを忘れてしまって苦労したけど、我が家のADSL環境が整った。パスワードさえ忘れていなかったら、かなり簡単だったはず。56kからすると恐ろしく快適。笑ってしまうくらい早い。ウェブマスタの純粋な心を忘れてしまいそうで恐い。これはまずい。ネットが早くなっただけなのにパソコン全体の性能がよくなったと完全に誤解している。

今日はこせんせんせいのせんせいのしかくのしけんのごうかくのおいわいぱーてぃーをしていた。おいしいものをたくさん食べてたのしい話をたくさんして気付いたらもうこんな時間になっていた。まだ11時くらいかと思ってたよ。おめでとう。


電話を眺めても用事が見つからない〜。

154

|

153

|

そういえば今石垣島にダイビングに行っている友達がいた。夕刊で天気欄を見たら、石垣島は台風の目の中だったのでどうしているかと思って電話したら、背後から大音量。「なんにもできないから今カラオケしてるー」とのこと。

いやー、無事でよかった。

台風は明日の午後本島に再接近しそう。
あした帰ってくると言っていたけど、ちょっと無理っぽい。おみやげの石垣牛が一日遅れた。

152

|

いい夢を〜
見たいのな〜ら〜
トイレは済ましてねむりなよ〜

今日はちょっと勉強した。
新しいことができそうだ。
これが出来たら僕が楽になる。
ページ見た目にはなーーーんも変わらんのやけど。

ちょっとずつでもいいからよくなっていきたいもんだ。
ずっと同じことをしていたら、他の使われていない部分が
ゆるゆるのだぶだぶになって、重くて重くてしょうがなくなる。

いやでも、好きでも、どうでもよくても、なにか新しく着替えてやっていかないとね。衣は弱く、こころは頑丈に、着替えて変えて、あたらしくしていきましょう。できること、ひとつずつ、こころに馴染んだ服を着て〜。

151

|

また台風がやってきた。

今年は当たり年。
台風が持ってきた南からの暖かい湿った空気のおかげで、ひさしぶりに蒸し暑い。今日はTシャツ一枚で車に乗っていても汗が出る。

むしむし。

読み返してみると昔の話ばかり。未来の話もしてみたい。
来週の月曜日はフラッシュバック9が来ている?いや水曜日に来るのか?台風も来るか?

いろんなヒトからいろんなものをもらってばかり。バランスをとるために今日少しお返しを送り返した。僕が喜んだくらい喜んでもらえると僕も喜ばしい。

ryuichy..........
元気かな。

まあいい。

11月の那覇のタワレコインストアのために巨大ポスターを一枚だけ作った。普通のポスターの2倍の大きさで、作ったものの恥ずかしくてちょっと持って行く自信がない。どうしよう。知ってる人は知ってると思うけどレコード屋さんって常にいっぱいいっぱいポスターとか貼ってあるから大きいモノを持っていくのは非常に気が引ける。というか持っていっても場所がないので置いてもらえない。

なんであんな大きなのつくってしまったんだろう。だれかもらってくれるかな。幅73cm高さ103cmあります。今なら持って歩けば風に乗って遠くに行けるでしょう。ホントは等身大ちえみ人形を作ろうとしていたんだけど、高さを等身大にすると幅がかなり太くなることに気付き断念したのでした。

今日は小さいのを4つくらい持っていったのでひとつくらいは置かれてるはず。見に行ってみてください。大きいのは当日持っていくか。

まあいい。

まあいい。

150

|

土曜日。

鶴坊のFM802の出演も無事終わった。
僕はFMが好きで、以前働いていたライブバー・バードマンハウスでミニFM局を開局するという企画をよく持ち出しては、いつもなにもしないで終わっていた。やったことのある人に話を聞きに行ったりもした。ひとつの局から電波の届く範囲が大体100〜150メートル。これを友人宅で受信してまたそこから発信すればさらに50〜75メートル範囲が広がる。また中継すればおもしろいものができるのではないかと考えていた。

FMが好きになった理由は単純で、オーストラリアに行った時、録音して持って帰ってきた番組がとてもおもしろかったからだ。triple J(トリプル・ジェイ) という国営放送局で、国営であるが故に音楽産業のしがらみにとらわれない本物のミュージックステーションだった。僕が持ち帰った番組は1年に1度しか行われないその局のtop100カウントダウンの番組でした。90分テープx5本!新旧ごちゃまぜのすばらしいチャートで、僕がいた92年はニルバーナのあの曲smells like teen spiritが1位だった。2位はjoy division(現new order)のlove will tear us apartという古い曲。3位は確かthe smithsのhow soon is nowという曲 (6位だった)。こう書き連ねるとても詳しい人間のように聞こえるけど、僕もこの番組で知っただけ。ストーンズの曲はsympathy for the devilが1曲。見る人が見ればのりがわかる本当にいいチャートです。91年です。

バードマンハウスで僕が働いていたころ、北九州に本社のあるFM局で番組を作ってるヒトがたまに来ていて、そのヒトは僕のラジオ話の格好の餌食になっていた。そのヒトもそのチャートのすばらしさにとても共感してくれて、すばらしく嬉しかったね。(彼女はなんといってもモリッシー{the smiths}の大ファンだった)その年の番組の記念Tシャツには100曲全部のタイトルとアーティストが書かれていて、僕はそのTシャツを今でも持っている(どこにあるかは覚えていない)。僕はそのヒトにそのTシャツを貸し、そのヒトはとても喜んでくれ、チャートの部分をコピーして便せんとして使っていた。

1位が発表されるときがとてもおもしろかった。

その年はマイケルジャクソンのthe black and whiteがバカ売れした年でもあった。他の民間放送局ではこの曲ばかりかかっていた。トリプルジェイはロック系の局なのであんまりマイケルの曲はかかってなかったのだが、いろんな会場からの音声が入り交じる大興奮の中、1位として紹介されたのはマイケルジャクソン、the black and white!!!!!だった。ブーイングの中、本当の1位が紹介されdaveとchrisが登場。あのイントロをふたりで「だーんだだん、だだだだだだだーんだだんっ、、、」と一緒に歌い、最後にテーブルを「だだんだ、だだんだ、だだんだ」とおもいっきりたたく音が聞こえ、「へーいっ」と曲が始まった。鳥肌がたった。かっこよかったね。

マイケルは実際114位だったらしい。(あの曲は個人的には嫌いではないし、悪い曲でもないと思う)マイケルの偽物も登場していておもしろかった。さらに次の番組では今年のチャートをどう思うか、というテーマの番組が組まれていて、これもまたおもしろかった。思いっきり賛否両論にわかれていた。

--
違う番組でテレビのスポーツ中継を見ながらやるラジオ番組というものあった。テレビの解説者に合いの手を入れたりバカにしたり(かなり)と、テレビとラジオが一緒に楽しめてしまうというとてもシンプルかつとても画期的な番組。

日本ではできないのだろうか。
--

で僕もこんな局をやってみたい!と思いついた。その名も「kitagata FM」と「FM-kitagata」。「きたがた」という場所にあるということでこの名前にしただけのこれもまたシンプルかつ画期的なネーミングでした。さらに2局同時開局という野望も大胆不敵でよかったなー。これは「kitagata FM」は邦楽局、「FM-kitagata」は洋楽局、と分けるつもりだったのでした。スタジオはバードマンハウスの入り口右の「徳丸美容室」廃墟を予定していました。

こんなことばっかです。
いつも考えるだけです。

我が家も来月からADSL環境。念願だったトリプルJを聴きながら パソコンするというのがやっと叶います。
これもまたすばらしい!

149

|

コーヒーを初めて自分で炒れたのはいつのことだったか、もう覚えていない。

紙フィルターを使って、いわゆるちゃんと炒れるというやつだ。なんだこれは、いつもと違う。テレビの中のコーヒーだ。とちょっと緊張した気がする。なにがそうさせたかというと紙フィルターというのは端っこを折り曲げるとき、折り曲げる方向まで決まっているからだ。(箱にはそう書いてある)間違ったら破れたりするのだとモノ心がつくまではそう考えていた。世の中のしくみが多少はわかるようになった今となっては、裏返しに折ろうがそんなことまったく気にならない。でも子供の心にはそんなことは理解できない。餌をあげようとしても逃げてしまう野良猫の心よりもわかる力がない。

そのくせ妙に想像力があったりする。おかげですばらしい世界を見たりもするが、おかげで怖い世界を見たりもする。

屋根裏のねずみの足音なんて怖くてしょうがないはずだ。

僕のすごい思いこみを紹介しよう。

僕がまだたぶん幼稚園生くらいだったころ。その時僕は両親と汽車に乗っていた。僕もまだそんなに歳ではないけれど(1969!)なにぶん田舎だったので、高校を卒業するまでは国鉄、もしくはJRのことを汽車と呼んでいた。幼稚園児の僕の思いでのなかでは汽車はなぜか蒸気機関車。いわゆるSLだ。今、横にいるなかしゅうに聞いても僕は蒸気機関車を知っている年頃ではないらしいのだが、記憶の中ではSLだ。トンネルに入ったら窓を閉めていた。板張りの黒い床の車両だった。駅のフォームには大きなレバーがあって、駅員さんがそれを倒して軌道を変えていた。汽笛を聞いていた。とにかく汽車だった。

その汽車はある駅に止まっていた。夜。一番うしろの車両。暇だった僕は車内をうろうろしてとりあえず端っこ、一番うしろのうしろまで来た。当然扉がある。扉は何色だったろうか。取っ手は今と同じ銀色だったと思う。自分が一番うしろの車両にいることなんて知らないので、子供の僕はその他の子供と同じ様に新しい世界を求めてなんとか扉を開けようとした。子供の僕に力がなかったのか、鍵がかかっていたのか扉はなかなか開きませんでした。これは開けてはいけない扉なのだと思い始めても僕は一生懸命取っ手を動かし続けました。そのうち発車の時間が来て汽車は動き始めました。

その瞬間、取っ手が「がきっ」てまわって扉が開き外が見えました。真っ暗で次の車両はもうありません。ただとなりの線路にすれ違いのため待っていた反対方向行きの汽車が止まっていました。その止まった車両を見て、こどもキーポンが思ったのは、

「のこりの車両を切り離してしまった!」

ということでした。汽車はごとごと揺れながらすごい速さで進み始めているのに、あの車両達は置き去りにされている!なんということをしてしまったんだー!と、僕は思っていました。残された人達はどうなるんだー!と、僕は思っていました。暗闇の中、置き去りにされた車両の赤い灯り2つがどんどん遠くなっていきました。

このことは長い間キーポン少年の一番の秘密でした。
勘違いだということにいつ気付いたんだろう。全然覚えていない。


モノ心ついたときには汽車は赤いディーゼル機関車になっていた。赤かったのは覚えているがどんな形だったか細かいところは思い出せない。また一時したら赤いのも見なくなって、車両がそのまま走っていくやつに変わっていた。今僕がいる沖縄には汽車も電車もない。(じきモノレールができる)別に無くてもそんなに寂しくもない。でも汽車に乗っている間のあの逃げ場のない暇な時間も悪くはない。と今思った。

自分が操縦しない大きな乗り物もたまにはいい。

148

|

というわけキーポン6000wです。

「あのヒトいいね」って言った友達が結婚した。

おめでとう。
なんにもしてないけどさ。

147

|

僕はキーポンといいます。

こんばんは。花&フェノミナンのフェノミナンのみつこさんのブロッグを読みました。自己紹介というのは大切で、昔の偉いヒトは言いました。

「自己紹介しないと、あのヒトいいね、って言われてもあのヒトで終わっちゃいますよ」

鶴坊もあれ以来自己紹介を忘れないようになりました。トップページのhelpページを作り直して、そこで僕は「キーポン」という名前の由来をちょっと書きました。ここでも書くけど「キーポンミュージック」という名前は僕のミュージックという意味ではありません。keep on musicという響きが好きでつけた名前です。文法的に正しくないところがまたいい。keep onというのはなんにでもつけられるところがまたすばらしい。keep on loving, keep on smilingとかよく言いいます。でもキーポンラブとかキーポンスマイルのほうがなんかかわいいでしょ。

僕に「飯田・キーポン・6000W」と書かれたオリジナルTシャツを作ってくれた友人がいて、すべてはそこから始まりました。おかげで結局は僕は沖縄に来て以来「キーポン」と呼ばれることになったのです。

なぜ彼は「キーポン・6000W」と書いたのか?
今日はその僕の友人「なかしゅう」にその理由を記してもらいましょう。

じゃあ、なかしゅう、ここからはよろしく。
(彼は今沖縄の僕の部屋にいます)


**
なかしゅうです。

呼ばれたねぇー。こんばんは!!はじめまして。
僕はデザインをしながら展示会やアートインスタレーション等を行いつつ、一歩踏み込めば一筋縄ではどうにも縛りきれない岡山県っていう所に住んでいるんだけど、今、沖縄/キーポンミュージックです。

「飯田キーポン6000W」ね。そうそう「W」はワットって読んでください。
僕が飯田氏に会ったのは5〜6年前、小倉にある「バードマンハウス」っていう彼が長をつとめる店でなんだけど、簡単に言うと「あんた常に6000ワットだね」っていうね。会う度に、常に動力おこして熱を放射してる感じだったんですよ。見た目わかりづらいんだけど、身体の奥でゴンゴン・ゴンゴン回してる感じだった。だから飯田氏にTシャツを作ってる時、デザイン的にはほぼ絵ヅラとか決まってたんだけど、何かが足りないなぁ・・・。そうだ、何かタイトル入れよう!あのヒトは何だ?いったいナンダロウ?そうだ、彼はこうだろう。絶対こうだな!!

飯田キーポン6000ワット。

僕は長いネーミングが好きだったりするんだなぁ。だから僕のデザイン事務所名も「カシュウナ3番テーブル」と、ちょっと長い。

まさか沖縄で飯田氏が「きーぽん」なんて呼ばれてて、あのTシャツがきっかけになってたなんて、つい去年ぐらいまで知らなかったよ。まいった。

彼にTシャツをプレゼントすると、何ヶ月か後、お返しに彼の着ているTシャツを僕にくれた。
灰色の生地に、胸には藍色で「東京農業大学」の文字。

もうちょっと沖縄だな。


**
はい、ここまで。
なかしゅう、ありがとう。

いい話でしたね。
(もう朝だよ)


なかしゅうは「カシュウナ3番テーブルデザイン事務所」というのをやっていて、ハイリミッツの最初のころのジャケット(テープ2本と1stCD。CDの絵はりゅうちんのもの)も彼の手によるモノだ。彼は来年の夏くらいまで沖縄にいる予定なので、いろいろと教えてもらうことにしている。僕は勝手にそう思っている。

今まずは広告のないBBSの作り方をふたりで勉強している。ずっとほったらかしていた投票ページもできるようになるかもしれない。キーポンミュージック.comはもっとよくなるでしょう。ひとりよりふたり。ひとりよがりよりふたりよがり。

ひとりでやっています。っていうより、3人で運営してます。っていうほうが全然かっこいいなー。なんかプロフェッショナルで。

だれかもうひとり、すばらしいしゃれ心と技を持ったヒトいないかなー。

それではまた明日。

146

|

昨日バイクで家に帰る途中5メートルくらいある透明なビニール袋を引きずっていた。
となりを走っていたおじさんが教えてくれた。
どのくらいあれで走っていたのだろう。

昨日今日とちえみさんのライブが続いて遅かった。
おかげで昨日今日とサッチー33を見ることができた。今日とサッチーさんは特に良かった。最後だったのでかなりリクエストさせてもらった。いろいろとやる気が出た。僕はめってにそうならないのではあるが、サッチーさんに関してはまるで10代のファンのような聴き方になる。童心に帰るというやつか。

++
どんでん返しブルース、
ある一日の逆転、
意味のなかったことが、
つながって意味になる

++
broken american, broken japnese
そしてもうひとつ、
アバウトにbroken okinawa

++
ヒャーナイ、パチナイ、today!!!
(ヒャーナイ、パチナイ)

++
なじまない新品の服は
軽く着ていればいい、
できることひとつずつ、
ありのままの服を着て


サッチーさんはなんであんなにかっこいいのだろう。
たくさんのヒトに聴かせたいよ。120万円以上持ってたらすぐCD作ってあげるけどな〜。
うんこ5部作も終わったしサッチー分析でもやろうかな。

明日は内地からきている友人にゆっくりとパソコンを教わる。

今日はもう寝るよ。
おやすみ。

145

|

感動の最終回 「神様のうんこ」

「うんこ」という言葉を聞いて真っ先に連想するのは小学校のころ盲腸で入院したときのことだ。ひどい風邪もひいていたので、とても悪化してから発見されしまい、結局救急車で真夜中に運ばれた。あんな派手な車はテレビの中だけのものだと思っていたので、まだ4年生だった僕はとてもびびってしまい、思わず痛みも飛んでしまった。

「もう痛くない」と母親に言うと「もう呼んだんだから痛いって言ってなさい」とあっさり返された。真夜中の田舎の国道をサイレンは鳴らさずに近くの大きな町の病院まで走った。なにか罪を犯してしまったような気がしてとてもどきどきした。病院について血の検査をしたらすぐ盲腸だと診断された。夜が明けて昼1時から手術だと知らされた。どんなに嫌だといっても絶対にコトは運んでしまうのだと子供心に思った。手術まであんまり眠れずおなかも全然痛くなかった。

手術室の前の廊下で腕の筋肉に麻酔注射を打たれて裸にされ、あの緑色の金太郎みたいな服を着せられた。おなかの下の方のところに窓が開いていて、ああ、ここなんだと思った。どの時点で眠ってしまったのかもう覚えていない。眼が覚めたら朝だったのだけ覚えている。とてもすがすがしかった。

結局発見が遅かったせいでそれから40日してまた手術だった。それから4年してまたお腹が痛くなって、また手術だった。3回目の時はかなり苦しんだ。年末だったせいかなかなか「シウツ」してくれず、なんかの検査をした直後、こりゃいかん、という感じでいきなり「シウツ」になった。十字架みたいな台に乗せられて、左手首に麻酔の点滴らしいモノを打たれた。看護婦さんが「眠くない?」としつこく聞いていたけど意識ははっきりしていた。仕様がないわね、という顔を一瞬してからその看護婦さんは僕の鼻に長い管を突っ込んだ。「おごごご…」となってる途中に意識がなくなった。

起きたらまた朝だった。すがすがしかった。小鳥が鳴いていた。

目が覚めたらいきなりうんこがしたくなった。(3日くらいしていなかった)看護婦さんが卵焼き専用フライパンみたいな四角いのを持ってやってきた。おしりを浮かせて準備をしていたときおもいっきりたまっていたものが出てしまって看護婦さんの手とかについたらしい。母親があとから言っていた。なにはともあれすっきりして、その時が初めて生きている喜びを確認した瞬間だったと思う。

そういえば目が覚めたとき、僕はブラックジャックが外で「シウツ」するときに使うビニールのテントみたいなやつの中だった。鼻にはあの管が入っていた。よく見たら年末だったせいか、近くの親戚がみんないた。20才過ぎたある日、もしかして俺は危なかったのか?とはっと気付いた。どうなんだろう。

神様ありがとう。楽しくやってるよ。
(完)

144

|

昨日シャワーを浴びていたらシャンプーの時左足がむずむずする。まさか、と思ってみたら頭に白いマークのあるあの沖縄の成人ゴキブリがふくらはぎを登ってきていた。シャンプーで退治してすかさずトイレに流して事なきを得たが心臓がもうばくばくして死ぬかと思ったよ。

今日は月がきれい。夕方家に帰るとき地平線近くに丸い巨大な月が出ていた。寝る前にもいっかい見て寝よう。今日は十六夜(いざよい、と読む。高校の漢字試験に出てたな)居待ち月。明日は寝待ち月、だった?

感動の第5話(最終回)へつづく。

143

|

フラッシュバック9は今ツアー中か。

142

|

内地から友達(なかしゅう)が来てるよ。

今日は車の修理をしてくれることになっている。たぶんやってくれている。

+
花&フェノミナンとたろのブロッグページが始まった。

花&フェノミナンは主に東京で活動しているバンドで、全国各地の「お祭り」でもいつも最高のバイブレーションを与えてくれる。ちえみさんも大好きで「ちえみのマイアイドルページ」でも紹介しています。パーカッションのみつこさんが当面書いてくれます。そのうちメンバーも参加してくれることでしょう。

たろくんはなにを隠そう僕とふたりでバードマンハウスを作った僕の古きよき相棒です。そのわりには昔も今もあんまりつきあいがないのですが、(開店記念日くらいしか会わない)この度めでたく腐れ縁でたろブロッグが実現しました。現在のたろくんは主に博多でバンド活動をしています。くわしくは自分で(まめに)書いてくれると思うのでゆっくり見ていこうではありませんか。

花&フェノミナン、そしてたろ、嬉しいよ。ありがとう。

うききききー。
ぽん。

141

|

つながった。

ねる。

4x8=32

140

|

長かった沖縄の雨もやっと小休止。

でもまだすっきりしない天気が続きます。
みなさん、元気ですか。風邪などひかないように気を付けましょう。

明日の夜、たろblogと花&フェノミナンblogが開通します。
今日はその準備でした。いろいろあってトップページの更新に以前より手間がかかるようになっているようです。ニュースは書き込めるのですがそれ以外の部分で。

bloggerページにはお世話になってるけどさ、もうちょっと日本語に対応して欲しいな。
左のリンクも無意味に英字にしないといかんしさ。これ以前は日本語のままできたのに今は文字化けするようになってしまった。

でもおかげで新境地をまたちょっとだけ開拓しそうだ。とりあえずは明日トップページ。見た目はなにも変わらない。けどやり方を変えてみるよ。今日は方法を思いついただけでおやすみ。

したの「ぶぶぶぶーん」はさっき見たら音でないね。僕だけですか?
ゴルゴのほうはばっちり。みんな結構こういうの知ってたんだね。僕は知りませんでした。

感動の第5話へ、つづく!
(あさってくらい)

my stuff

Recent Entries

Categories

月別 Archives

powered by MTOS