何かを失いそうな時

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車の調子が悪くてさ。

バイクで友人の誕生日パーティーに顔を出すつもりだったのだけど結構強い雨が降り出した。ちょっと様子を見る間、なんか書こう。

僕の車の調子が悪いときは何かを失いそうな時です。ずっと前にジャガーさんと話していて共感したことがあるんだけど、それは「モノがなくなるときって全部いっぺんに無くなるんだよ」ってこと。モノに限らずヒトもそう。誰でもそんな経験はあるだろう。

車が壊れたらなぜかバイクも壊れる。
右膝を捻挫したらそれをかばった左膝が悪くなる。
雨が降ったらバイクでこける。
あいつに嫌われたらこいつにも嫌われる。
金がないなーと思ったら電気が止まる。
電気が止まったら食べ物が腐る。
食べ物が腐ったらお金がかかる。

半分冗談ですが、こうやって例をあげてみると全部当然の因果として起こるコトばかりだ。モノが同時になくなるという発想はこの因果関係に気付いていないことから起こっているようだ。あいつにやさしくしてなければこいつにもやさしくはしているはずがない。

今そんな悪い予感のする時期に僕はいます。でもね。僕はこの時期を通り過ぎたらいつもとてつもなくいいことが起こる。と信じている。雨が降った後の森がなんか気持ちいいようなそんな感じ。大きな台風が通りすぎた街がなんか気持ちいいようなそんな感じ。

いや。でも雨が降った後の森でひどい目にあったことがあるな。

中学校のとき、夏の終わりにみんなで「青年の家」というのに泊まりにいく行事があった。その前の日、僕は友だちとキャンプファイヤー用のトーチ(先っぽに火を灯して大きい火の周りをぐるぐるまわる{今思ったけどあれは何を意味しているのだ?})を調達するため雨上がりの森に行った。のこぎりと小さい斧を持って。みずみずしく明るくなったいつもの森で見つけたのが白くて美しい一本の木。チョコレートの箱とかに出てきそうな、日本の田舎の中学生が想像しうる完璧なトーチが僕らの頭に浮かんだ。

もう根本から切ってしまおうと直径10cmくらいの幹を相手に僕らは斧と錆びた鋸とでがんばった。でもその木は思ったよりも堅くしなやかで僕らは疲れてあきらめた。結局どんな木も切ることができずにそこら辺に落ちていた大きな枝を持って帰った。

青年の家1日目
友人が顔が熱いと言い出した。そういえば僕も顔が熱い。馬鹿な僕らはハゼの木を切ろうとして大量の露をかぶったのだ。さらに馬鹿な僕らは顔の火照りを冷ますために、木製の大きな船を並んで漕がされている間も海の水を手ですくって顔を冷ましていた。

青年の家2日目
たしか友人は親が迎えに来て先に帰ってしまった。

なぜか進行が遅かった僕はくらげにも刺されつつ夏の最後の3日間の全うした。帰ったら夜から顔が恐ろしく腫れた。信じられないくらい腫れた。珍遊記でぼこぼこにされていた世界最強の格闘家、中村泰造なみに腫れた。

次の日母親に連れられて隣の隣の隣の街の大きな皮膚科に行った。もらった薬を塗りだしたら腫れもすぐ引き出した。腫れが引く過程で油紙みたいな黄色のかさぶたが顔を覆った。いやあすごかった。写真を撮っておけばよかった。

雨上がりの森は危険だ。

雨止んだかな。

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