アメリカの家は大きいけどあれは住み心地はいいのだろうか。
さっきテレビ映画を観ていてちょっと思った。僕がもし自分で家を建てられるくらいの大金持ちになったとしたら、僕が大工さんにお願いして建てる家はあんな家だろうか。ホームアローンに出てくるような。
実はあんなのがいいのではないかと思っている。
僕はアメリカには行ったことないけれど、みんながあの映画みたいな暮らしをしていないことは知っている。それでもアメリカのヒトがお金持ちになったときに建てる家はいいなあと思う。楽そう。でも実際に建てるとなったらちょっと尻込みするだろうな。もったいない気がしない?本当にあんなに広くなければいけないのかなと、思う。本当に僕にあれくらいの空間が必要なのだろうか。
まああとはお金持ちなったときに考えるとして。
僕が今まで住んだことのある家(というか部屋)は自慢じゃないが狭い。学生時代から家賃にお金をかけるのが好きではなかったので大体いつも風呂トイレ台所が共用になっているところが多かった。家賃2万円以上払ったり、敷金1月分以上払ったのは沖縄に来て初めてだった。でもこれは沖縄の居住費が高いというわけではないよ。どちかといえば安い。そして広い。
それでも昔の住居には満足していた。僕は部屋を見極めるセンスはなかなかあると思っている。風呂が離れになっていた田島荘も、夜は草木の多い庭にタオル一枚で立って月明かりを眺めたりできたし、雪が積もったら裸足で庭を歩いてみたり、土曜の昼シャワー後はそのままひなたぼっこもできた。いや懐かしい。
唯一贅沢な家といえば僕がオーストラリアでホームステイした家が大きなマンションだった。あの美しいシドニー湾沿い、ラベンダーベイというさらに小さな入り江のあるあたり。6階だったかな。昼は橋の下を行き交ういろんな船が見えて、夜はオフィス街の灯りなんて見えてすばらしかった。お金が無くなって次に住んだ家も古くていい感じのところだった。(いいことばっかし)一度友人達を招待したらみんなに「かわいそうなところに住んでるな」って言われたけどね。
キングストリートという大きな通りからオコンネルストリートいうのに入って100メートルくらい下ったところ左手。入り口が狭くて奥行きが妙にある。壁は隣の家とくっついていてそんなのが通りの左右にずっと続いている。1800年おわりごろの典型的なかたちだったらしい。でも100年前の家だからといってもそこらへん全部そうだし、かなり普通扱い。
上のキングストリートのリンク先はオーストラリアのビールを紹介しているページの中のパブを紹介しているページ。僕にとっては涙が出るくらい懐かしい町並み。特に"I have a dream"というマーティンルーサーキング牧師の絵とマルボロホテルの写真はたまりませんな。(この裏あたりに住んでいた)
今あの緑色の扉をノックしたら誰が出てくるんだろう。
どきどきするな。
I like money.
I don't hate money, eihter.