145

|

感動の最終回 「神様のうんこ」

「うんこ」という言葉を聞いて真っ先に連想するのは小学校のころ盲腸で入院したときのことだ。ひどい風邪もひいていたので、とても悪化してから発見されしまい、結局救急車で真夜中に運ばれた。あんな派手な車はテレビの中だけのものだと思っていたので、まだ4年生だった僕はとてもびびってしまい、思わず痛みも飛んでしまった。

「もう痛くない」と母親に言うと「もう呼んだんだから痛いって言ってなさい」とあっさり返された。真夜中の田舎の国道をサイレンは鳴らさずに近くの大きな町の病院まで走った。なにか罪を犯してしまったような気がしてとてもどきどきした。病院について血の検査をしたらすぐ盲腸だと診断された。夜が明けて昼1時から手術だと知らされた。どんなに嫌だといっても絶対にコトは運んでしまうのだと子供心に思った。手術まであんまり眠れずおなかも全然痛くなかった。

手術室の前の廊下で腕の筋肉に麻酔注射を打たれて裸にされ、あの緑色の金太郎みたいな服を着せられた。おなかの下の方のところに窓が開いていて、ああ、ここなんだと思った。どの時点で眠ってしまったのかもう覚えていない。眼が覚めたら朝だったのだけ覚えている。とてもすがすがしかった。

結局発見が遅かったせいでそれから40日してまた手術だった。それから4年してまたお腹が痛くなって、また手術だった。3回目の時はかなり苦しんだ。年末だったせいかなかなか「シウツ」してくれず、なんかの検査をした直後、こりゃいかん、という感じでいきなり「シウツ」になった。十字架みたいな台に乗せられて、左手首に麻酔の点滴らしいモノを打たれた。看護婦さんが「眠くない?」としつこく聞いていたけど意識ははっきりしていた。仕様がないわね、という顔を一瞬してからその看護婦さんは僕の鼻に長い管を突っ込んだ。「おごごご…」となってる途中に意識がなくなった。

起きたらまた朝だった。すがすがしかった。小鳥が鳴いていた。

目が覚めたらいきなりうんこがしたくなった。(3日くらいしていなかった)看護婦さんが卵焼き専用フライパンみたいな四角いのを持ってやってきた。おしりを浮かせて準備をしていたときおもいっきりたまっていたものが出てしまって看護婦さんの手とかについたらしい。母親があとから言っていた。なにはともあれすっきりして、その時が初めて生きている喜びを確認した瞬間だったと思う。

そういえば目が覚めたとき、僕はブラックジャックが外で「シウツ」するときに使うビニールのテントみたいなやつの中だった。鼻にはあの管が入っていた。よく見たら年末だったせいか、近くの親戚がみんないた。20才過ぎたある日、もしかして俺は危なかったのか?とはっと気付いた。どうなんだろう。

神様ありがとう。楽しくやってるよ。
(完)

Comments and Trackbacks

my stuff

Categories

月別 Archives

powered by MTOS