ライブが二週間後に迫っていて。
僕はまあ自分のギターや歌に自信があるわけじゃないから、ライブと言えば新曲を作り続けるしかない。
さすがに自分の曲には価値があるだろと思っている。ギリギリ思っている。
っていうかそれがなくなったら、一体どうやって生きていけばいいのかわからねえ。
今歌詞が出来なくてとても困っている。
コードはある程度固まって、メロディもほぼほぼ出来た。
構成はまだまだだけど、構成を決めるのは僕の場合歌詞だから、次に生まれなくちゃいけないのは歌詞なのにもう二週間くらい何も生まれてない。
いつまでこんなことで苦しむんだろうかと思う。
ひどいイライラが続いていて、それは日常をも浸食しつつある。
当たり前のことだが、自分が今イライラしていて不安定な状態である理由が「歌詞が作れないから」とは誰にも言えない。
俺は俺にとっては超一流のミュージシャンだが、会社や家庭にとっては天才的ビジネスマシーンであって、それ以外ではないからだ。
天才的ビジネスマシーンは言い過ぎた。
天才的ビジネス集団を作る天才だった。
俺自身は別に大したことないんだよ。
すごい奴に「お前すごいな!」って適切に言えただけなんだけどね。
それにしても歌詞が書けない。
僕は鎮魂歌を書きたいのだ。
今魂が鎮められなくてはならないと思っているから。
こんなに何も鎮められないのならば、せめて魂くらいは鎮められてくれ。
鎮魂歌とは死者のための歌だろうか。
どうだろう。そうかもしれない。そういう風に思われてるかもしれない。
でも、死者の魂を鎮めてほっとしてるのは生きてる人たちだよね。
じゃあ本当の鎮魂歌は、生きてる人の魂もまた鎮めなくてはならない。
魂ってかっこ悪い言葉だな。
結局ぼんやりとした全体じゃねえか。
魂込めて作りました、とか言ってる作品はだいたい魂なんか籠ってない。
あらゆるものに魂は宿り、分散されているから、結局魂なんて薄まったやる気でしかない。
それでいいやと思う人が使う言葉が魂だろう。
適切でいたいだけなのに、なぜか適切でいられない。
正しくありたいわけじゃない。ただ、適切でいたいだけなのだ。
あらゆる思想や、概念や、人たちと。
なんだかうまくいきすぎてるか、まったくうまく行ってないかのどっちかのような気がする。
ちょうどいい場所どこだ。
またなんでもない文章を書いちゃったな。
でもなんでもない文章は良い文章だから、これはよい日記なんだろう、たぶん。
とにかく歌詞が書けないんだ。
決まっているのは街について書くことと、鎮魂歌であること。
次のライブで歌えますように。
Posted by kato takao at 2026年09月29日 02:52 | TrackBack
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