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2022年06月27日

父が他界しまして。

おおよその人には訪れるであろう人生の悲劇的イベントについて、
いまいちきちんと想像できておらず
受け身をとれないまま迎えてしまって
想像していたよりもこんなにかなしいんだなと衝撃を受けた。

僕は父と暮らしたのは大体10歳までで。
物心ついてからでいえば5年くらいしか一緒に暮らしていない。
37年くらい別々に暮らしていた人に対して自分がどんな感情を持てばいいのか
ちゃんと結論を出せていなかったように思う。

別々に暮らしていたとはいえ、月に一回くらいは会っていた。
特に何かを話し込むでもないけれどそっとそばにいて、
最近読んだ本の話をしたり、パチンコに一緒に行ったり
家で映画を観たり、一緒にドラクエやトルネコの冒険をしてた。

カードゲームが強くて、花札やトランプを教えてもらったり
でも麻雀は「レベルが違いすぎてやる気がしない」という理由で教えてもらえなかった。
教えておいてくれよ、そこは。

父は世の中のほとんどの当時の父親とは違って
ジャンクなエンターテインメントを積極的に摂取する人で。
僕が小学生の時に「最近始まったこの漫画は面白いぞ!」
とあだち充の「タッチ」の一巻を買って帰ってきたりした。
家には漫画や小説がたくさんあって、ゲームをすることもそこまで反対されなかった。

酔うとやらかす人で。
数々の失敗談がある。
子供のころは父が飲み始めると暗い気持ちになった。
人が変わったように話し始めて、その話はどこに着地するのかまったくわからなかった。
通夜の席でもみんな父と飲んだ時のひどい話をしてたな。

派手な人ではなかった。
完璧に誠実な人だったわけではないが、人生に対してまっすぐであろうとしてたんだとは思う。
彼の最大の功績は、30代になっても無職でふらふらと音楽をやっていた長男に
「おい!おまえなにやってんだ!就職しろ!」的なことを一切言わなかったことだ笑。
父から、人生の指南を受けた覚えはない。
いろんなエピソードや、いろんな話はしたけれど
「こういう風に生きるべきだ」という話を強く言われたことはない。

けなすためのボキャブラリーは豊富だけど、ほめる言葉は少なくて、あんまり褒められたことはない。
あらゆる種類のけなし言葉を言われたけれど、たいして傷ついた記憶がないのは
それが本心から言われたわけじゃないとわかってたからなのかもしれない。
父が僕のことをどう思ってたのかはよくわからんな。

アドバイスしてくれたことは二つあった。今思い出したけれど。
SCRAPを作って二年くらいたった時に、税理士から提示された僕の報酬が多すぎて混乱していた時に
父から言われたのは「もらっておけばいい。どうせ会社はいずれ傾くんだから、その時に使えばいい」と。
普通の人からしたらずいぶんな額をもらったけれど、経営者の金はどうせ自分の金にはならないと。
いざとなったらすぐに差し出すつもりで受け取ればいい、と言ってた。
確かにコロナの時にすぐに僕の資産を保証金として莫大な借金をしたので、
父の言ったことは完全にその後実現したことになる。慧眼だな。

もう一つは、原宿の店を借りようかどうか迷っていた時。
賃料がもう少し下がるまで待ったほうがいいのかどうかを悩んでいた時。
「下がるか上がるかなんてお前みたいな人間にはわかるわけがないんやから、考えるだけむだや。
 ほしいと思ったときに手に入れる以外に選択肢はない。経済をよもうとするのは愚かなことだ」
などと言ってた。
これは目からウロコがぽろぽろと落ちるような名言だった。
その後さまざまな決定をするときにこの言葉を思い出す。将来どうなるかわからない不確定要素で悩むのは無駄なことだ。
考えても分析しても結論が出ないことに悩んではいけない。

葬儀の間は喪主として、ばたばたと動いたけれど、自分の喪主力の低さには閉口した。
上座がどこかもわかってなかった。
焼香の順番も自信をもって決めることはできなかった。
僕はほんわかした場所で生きてきすぎたんだろう。
世の中の正式なルールをわからないまま大人になってしまっていた。
世の中のルールをぶっ壊してやりたいとは思っていたけれど、
そのためにももっとその愚かなルールを学んでおかなくてはならなかった。

こんなにさみしいとは思わなかった。
誰にでも訪れるありふれたかなしみなんだろ?と思ってた。
最近では半年に一回くらいしか会わなかったくせに、いなくなったら急にさみしくなるなんてずるだな。
親孝行できたのかなあとかも考えるけれど、まあできることはしたような気もするし、もっとできた気もするし。

父からの最後のlineは死の一か月くらい前だったかな。
「天皇賞取った!わーい!」だった。
俺はこれから毎年天皇賞がある度に父を思い出すだろう。
競馬全然やったことないけれど、天皇賞だけ毎年買うことにしよう。

死についてずいぶん考えた一か月間だった。
さみしさしか残らない死はたぶんよい死だな。そんな風に思う。
そんな風に死のう。
さみしさだけを残して死のう。俺もまた。

死が僕らを動かすんだろう。よりよく生きる方向へと。
残された時間で、すべての人たちの人生が肯定されるような方向へ向かって
僕は何かを作り続けていこうかと思うのです。

Posted by kato takao at 2022年06月27日 02:33 | TrackBack
みんなのコメント

同時期に母を亡くしました。ちょっとした時に虚しさが込み上げてきます。時間が解決してくれるものと思いつつ、日々を送っています。ご自愛ください。

Posted by: 風穴 on 2022年06月28日 08:57
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