忙しくて忙しくて、とにかくもうしっちゃかめっちゃか。
でも、冷静に考えて一分一秒も時間がないわけじゃなくて、ただ、あまりにいろんなことが立て込みすぎて一つ一つのことのクオリティーに自信がない。
ずっと、毎日なにかを創っていて、なにか考えていて、時間といえばそれは流れているものではなく〆切へのタイムリミットだった。
風景も目に入っていなくて、いまやらなくてはならないことのためだけに生きていて、さっき大好きだったミュージシャンが死んだことを知った。
死んじゃったらもう音楽が出来ないね。
彼女はステージの上で本当に輝く人で、演奏していない時でもリズムを取っているだけでかっこよかった。
10年以上前に僕は大阪市立大学の学園祭で彼女を見た。
その数ヵ月後に奇跡のライブをするそのバンドの真のすばらしさにはまだ気づいてなくて、タイトで泥臭いリズム隊と、彼女の動きに釘づけになった。彼女のコーラスは時に空間を切り裂き、鍵盤はそのバンドのグルーブを越えて色をつけ、手に持ったバイオリンはすべての空間の意味を変えてしまうようだった。
彼女のことが好きで好きで初めてソロアルバムを出した時は発売日に買いに行った。
歌がうまいわけでもないし、曲が空前の出来ってわけじゃなかったけど、何回も何回も聴いた。音楽的にどこが良いってことが問題だったんじゃなく、彼女のファーストアルバムだってだけで充分だったんだ。
去年、ロボピッチャーが「アリバイと40人の盗賊」というアルバムを制作している時に、彼女にバイオリンを弾いてもらおうという話になった。僕はめちゃくちゃどきどきしてしまって、あまりにどきどきしたので、「次のアルバムで弾いてもらおう。今はまだ準備が出来ていない」といった。
去年の秋にあるライブハウスで彼女に会って、ロボピッチャーのレコーディングに参加してもらえなかったことを詫びたら、いいですよ、いつでもまた呼んでくださいと言われた。搾り出すように「実は僕大ファンなんです」って言ったら少しだけ笑って、向こうから握手してくれた。僕はもう舞い上がってしまって、すごく長いこと握手していたんだけど、その時の感触とか覚えてない。ただ握手をしたっていう事実だけ覚えてる。
「次のアルバムで是非」と僕はいったけど、もう僕らは彼女とアルバムを創ることは出来ない。
僕は今めちゃくちゃ後悔している。
死んじゃったら音楽が出来ないんだな。
忙しくて忙しくて、物事の優先順位が知らないうちに効率よく仕事をこなすことになってる。
僕は彼女の死のニュースを聴いてから6時間みっちり働いた。
今やっと手を止めて、自分が哀しんでいることを自覚した。
大人になったら哀しくても仕事をしなくちゃならない。
哀しくてもハッピーなイベントの構成台本を書かなくちゃいけない。
「どうもこんにちはー。みなさんお元気ですかー?本日はこのイベントに足を運んでいただいて誠にありがとうございます!さあ、いよいよ始まりますよー。準備はいいですかー?」
さて。
何が出来るだろう。これから。
なんにもない。
なんにも出来ない。
ただ、こつこつとやはり創っていよう。
生きた証でもなんでもなく、ただ今ここで何かを創っているってことだけが、時間の流れる理由だから。
すごい詩がかけたんだよ。
ボロフェスタで聴かせてあげる。
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