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2003年03月10日

 物語がある。
 適切な言葉で、簡素な事象だけを追う。割とシンプルなラインを描く。

 僕はその物語を浴びている。
 まるで僕じゃないみたいだ、と僕は思う。
 そこで語られている事は、遠い国のただのおとぎばなしなのに。

 登場人物の一人ビリジアンは言う。
 「そういえば昨日、うちの窓から西へ飛んでいく、とんびを見たよ」
 それを聞いたエメラルドはこっそりと涙を隠しながら言う。
 「それがどれほど大切な事だったかは、とんびにしかわからないわ」
 ビリジアンはうろたえる。彼はこっそり彼女のことを愛している。他の凡百の男たち同様に。
 「エメラルド。それはいったいどういう意味?そしてなぜ君は泣いている?」
 エメラルドは答えない。こたえる言葉をもっていない。
 ただ、彼女は知っている。そのとんびが行きつく先のことを。
 答えはわかるけど、式がこたえられない算数の問題のように。
 彼女は見えている。
 それはさほど幸せなことではない。

 僕は最近お気に入りのクロのジーンズをはいている。とてもきれいなシルエットのジーンズで、ソファーに座って足を組むととてもセクシーに見える。いや、見える気がする。
 深いブラウンのタートルネックのセーターをその上に着ていて、グレーのジャケットを羽織っている。
 物語が続いている。
 血で血を洗う陰惨なストーリーが、いやに鮮明なイメージになって流れていく。
 エメラルドは、凶弾に倒れる。泣き叫ぶビリジアン。
 「死ぬな、死ぬなエメラルド。僕は、僕は君の事を愛して・・・」
 ビリジアンには学んで欲しい事がいくつかある。
 愛しているからといって人は救えない。命は永らえない。
 エメラルドの最後の言葉。
 「さようならビリジアン。せいせいするわ。」
 それでいい。エメラルドはわかってる。僕はエメラルドのことが好きになる。
 
 その辺りで今日7本目(推定)のビールに手が伸びる。時計を見ると、まったく意味のわからない時間を針がさしている。
 眠れるとも思えないし、仕事が出来る状態でもない。曲も作れないし、もっとお酒を飲みたいと僕は思っている。もちろんこんな時間にやってくる友人はいないし、電話が出来るような人もいない。
 僕は不必要にきれいなジーンズを履いて、そこにある物語を読む。

 ラストシーンでは僕が死ぬ。
 そして僕は眠る。
 たぶん。明日も目が覚める。
 たぶん。

Posted by kato takao at 2003年03月10日 04:59 | TrackBack
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