物語がある。
適切な言葉で、簡素な事象だけを追う。割とシンプルなラインを描く。
僕はその物語を浴びている。
まるで僕じゃないみたいだ、と僕は思う。
そこで語られている事は、遠い国のただのおとぎばなしなのに。
登場人物の一人ビリジアンは言う。
「そういえば昨日、うちの窓から西へ飛んでいく、とんびを見たよ」
それを聞いたエメラルドはこっそりと涙を隠しながら言う。
「それがどれほど大切な事だったかは、とんびにしかわからないわ」
ビリジアンはうろたえる。彼はこっそり彼女のことを愛している。他の凡百の男たち同様に。
「エメラルド。それはいったいどういう意味?そしてなぜ君は泣いている?」
エメラルドは答えない。こたえる言葉をもっていない。
ただ、彼女は知っている。そのとんびが行きつく先のことを。
答えはわかるけど、式がこたえられない算数の問題のように。
彼女は見えている。
それはさほど幸せなことではない。
僕は最近お気に入りのクロのジーンズをはいている。とてもきれいなシルエットのジーンズで、ソファーに座って足を組むととてもセクシーに見える。いや、見える気がする。
深いブラウンのタートルネックのセーターをその上に着ていて、グレーのジャケットを羽織っている。
物語が続いている。
血で血を洗う陰惨なストーリーが、いやに鮮明なイメージになって流れていく。
エメラルドは、凶弾に倒れる。泣き叫ぶビリジアン。
「死ぬな、死ぬなエメラルド。僕は、僕は君の事を愛して・・・」
ビリジアンには学んで欲しい事がいくつかある。
愛しているからといって人は救えない。命は永らえない。
エメラルドの最後の言葉。
「さようならビリジアン。せいせいするわ。」
それでいい。エメラルドはわかってる。僕はエメラルドのことが好きになる。
その辺りで今日7本目(推定)のビールに手が伸びる。時計を見ると、まったく意味のわからない時間を針がさしている。
眠れるとも思えないし、仕事が出来る状態でもない。曲も作れないし、もっとお酒を飲みたいと僕は思っている。もちろんこんな時間にやってくる友人はいないし、電話が出来るような人もいない。
僕は不必要にきれいなジーンズを履いて、そこにある物語を読む。
ラストシーンでは僕が死ぬ。
そして僕は眠る。
たぶん。明日も目が覚める。
たぶん。
*POSTを押しても自分のコメントが見えない場合、一度ページの更新をしてみてください。
*HTML不可です。
*アドレスは入れると自動でリンクになります。
*管理者の判断でコメントを削除することがあります。