
1999年の3月5日に原付バイクといっしょに福岡から船で沖縄へやってきて1週間のテント生活して、あやしい不動産屋さんに部屋をみつけてもらう。それからともだち欲しさに国際通りで唄ったり、巨大ゴキブリにビビってホームシックになったり、バイト探しに明け暮れたりして過ごす。お金と友達欲しさに、セルラーのCMソングコンテストに応募してみたら思いがけずグランプリをもらって、見事にお金(30万、生活費に消えた)と友達を手に入れたラッキーガール。
人前で初めて唄ったのは二十歳の頃。ナンシー(マイアイドルページ参照)に出会ったのが歌いはじめたきっかけ。当時、小さなレコード屋でずっと働いていたちえみは、星の数ほどのミュージシャンが浮かんでは消えてゆくこの厳しい世界で、自分がCDを出すなんて夢にも思っていなかった。給料をためてブライアンの墓参りに行ったのもこの頃。インド・ネパールを2ヶ月(を2回)くらい旅行したりもした。今思えばあの頃のほうが全然お金を持っていたような気がする。ちえみはポカラが大好きです。
その後、北九州市にあるライブバー「バードマンハウス」で働きはじめ、そこで多くの弾き語りミュージシャンから影響(悪影響?)を受けた。 ごくたまにだけど、自分の好きな感じの曲が作れる(おりてくる)ようになった。
沖縄に来てCDを出さしてもらったりなんかしてるけど、 自分が昔とそんなに変わったとも思えないし、この先いい歌が自分から出てくるという保証なんてないし、まぁあんまり深く考えずにやっていくつもりです。よろしくね。
今でも出来ればしたいけど、うるさいギターのロックなバンドもやってました。10代の頃からずっとロック少女。のつもり。ちえみジョーンズのジョーンズはもちろんブライアンジョーンズのお嫁さんになりたかったから。
<ちえみジョーンズ???>
ちえみジョーンズは沖縄でマイペースかつ地道な活動を続けるシンガーソングライターです。「ちえみジョーンズ」という名前は、ザ・ローリングストーンズの前ギタリストである故ブライアンジョーンズの「お嫁さんになりたい」というちえみの少女時代からの夢にちなんで本人が大まじめにつけた芸名です。歌い始めたころのとあるライブから名乗りはじめ、そのまま定着しています。ちなみにちえみが生まれた時、ブライアンはすでに他界しており、ちえみとはまったく時代を共にしていません。ちえみJは生粋の日本人。ひいじいちゃんは沖縄人。
<略歴>
-来沖以前----
高校時代にロックにあこがれギターを始め20才くらいから自作曲を作り始め小さなレコード店で働くかたわらロックバンド「ティルチラパッリ」で活動。と同時に弾き語りでも喫茶店やライブハウスに呼ばれて歌うようになる。
-1999年----
住めたら住むつもりでまだ行ったことのなかった沖縄へ福岡からフェリーで渡航。しかしなかなかバイトが見つからず、巨大ゴキブリとホームシックのため一時福岡に戻る。この時生まれて初めてひいじいちゃんが沖縄人だったと親に聞かされる。お金と友達ほしさに応募した沖縄セルラーCMソングコンテストでグランプリを受賞。受賞曲「すこしだけ」が翌年1月から沖縄セルラーのテレビCMでオンエアされ、反響を呼ぶ。
-2000年----
1STアルバム「すこしだけ」をアジマァレコードよりリリース。星光堂調べによる沖縄インディーズCD売上ランキングで、第4位にランクイン。また、ちえみサイドでは県内ライブハウス、各種イベントで精力的に活動。
-2001年----
マイペースかつ地道に音楽活動を続ける。
NHK沖縄受信料TVCM>「絵に描いたしあわせ」本人も出演。
(これを機会に受信料支払い手続きをすることに)
沖縄県主催・花のカーニバル>「やさしい匂い」
県内最大手予備校沖縄ゼミナール>「あした」
旅行会社「ジャンボツアーズ」>「ここにいるよ」「空色の風」
(1000枚限定・非売品)
両A面1stマキシシングル「あした・ここにいるよ」発売。
(イラストが思いがけず好評)
メジャーレコード「ゼティマ」内レーベルFFAより発売の全国のインディーズミュージシャンによる、フォークコンピレーション「フォーエバーヤング」に参加。ちえみが選んだのはBUZZの「ケンとメリー・愛と風のように」。ジャケットはなぜか若き日のみうらじゅんの顔写真。「ケンとメリー」が萩原聖人主演、ゆうきなえなどが出演する映画「光の雨」のイメージソングに採用される。関東関西と福岡エリアの劇場CM、テレビCMでちえみの歌声が流れる。そのままビデオ、DVD版でもイメージソングとして紹介される。
福岡ツアー・関西ツアー
-2002年----
九州ツアー
関東ツアー
関西〜関東ツアー(京都、静岡、東京で計5カ所)
オフィス宜野湾より発売のオムニバスCD「しあわせ」に参加。
楽曲「朝が夜を照らす場所」
-2003年----
九州〜関西ツアー
UCC沖縄夏のTVCM曲「また明日が来るみたいに」が話題になりドリーミュージック内インディーズレーベル「on-going」よりリリース決定。
「大同火災」TVCM曲に「気持ちをかたちに」が採用。10月よりOA開始
*ポニーキャニオンより11月発売の沖縄コンピレーションアルバム「南国琉歌」に参加。
-2004年----
執筆中
-2005年----
執筆中
ちえみジョーンズバンド!!!
2005年4月のメンバー写真

2005年4月現在 全部で3名(↑クリックで大きな写真表示)
米須ゆうさくせんせい (Dr.Ch.) 一番上
2005年3月、こせんせんせいに呼ばれて参加。歌唱力抜群で鍵盤もこなし、宿題はいつも完璧な、歌うの大好きスーパードラマー。現在は県内某学校で教師として活躍しつつ、教員本採用試験合格を狙う。科目は音楽。
こせんせんせい (Ba.) 真ん中
音楽をこよなく愛するせんせいベーシスト。バンドメンバーのなかで一番ミュージシャン然としている。せんせいである。
ちえみジョーンズ (Vo. Gu.) 手前
バンドメンバーのなかで一番ミュージシャン然としていない。だが彼女も純粋かつ単純に音楽を愛するシンガーソングライター。時折見せる破天荒な人柄でメンバーを困らせる。
誰も起こしに来ないととずっと眠り続けるナマケモノ。致命的なわすれものをすることが多い。せんせいではない。
2003年正月のメンバー写真

2003年12月現在 全部で3名
水増邸宅ーみずましていたくー(Dr.) 左から3番目
*2005年3月脱退*
スーパー歌手ドラマー。ちえみの1st albumレコーディング時から2004年のアルバム「さよならララララ」まで、ちえみ音楽のよき理解者として大貢献。バンド「地獄車」の元ドラマー。「本業は歌手」と言ってはばからない。2005年3月、ミュージシャンとして、より大きなキャリアを目指して寿脱退。メジャーミュージシャンのレコーディングやライブにも数多く参加し、ドラマー人生躍進中。
こせんせんせい (Ba.) 一番左
ちえみジョーンズ (Vo. Gu.) 左から2番目
「2000年末頃のバンドメンバー集合写真」

ちえじょんバンド(仮)
**今はいないひとたち**
たーけー( per.) 左から1番目
沖縄市でBARを営むかたわら数多くのミュージシャンの演奏、録音に参加。ちえみの1stアルバムのレコーディング時にりょうちゃんがパーカッショニストとして連れてきた。
りょう・ペリー(Gu.) 左から2番目
21歳になったばかりのぴちぴちのギタリスト。16才の頃から親父さんに連れられて基地内で演奏をしていたというスーパー強者。技術面だけでなくそのたまに子供っぽい人柄からも愛されているとても人気のギタリスト。
りょうちゃん (ピアニカ、タンバリン、ちえみのスタイリングなど)
一番右都合のいいときに呼ばれて出てくるスーパーサブメンバー。
**写真にもいないひとたち**
サッチー31 (現サッチー35)
1st album録音時のギターリスト。本業はシンガーソングライター。
毎年、誕生日に名前の数字が増えていく。彼のもつ独特のフレーズや人柄を愛する多くのファンがいる。アルバム「サッチー31」はかなりの名作。ガットギター一本とボーカルだけを主に作られる彼の音楽はシンプルかつ奥深く、バンドメンバーを始め多くのミュージシャンに支持されている。
サッチーを見たことないひとは見に行こう! (現在本業に専念中)
みさき
バンド「叶ーかなえ」のリードボーカル。ちえみバンドではコーラス(と鈴)として参加。まだ未成年でポップかつ美しい声を持つかなり期待できるボーカリスト。その歌声とかわいいオリジナルダンスで多くの人々を魅了した。だがちえみと同じ、ナマケモノの血をひいているのがすこし不安。(現在本業に専念中)
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