30年前の5月27日のことをよく覚えている。
早く学校が終われと願っていた。
六時間目の授業が終わったらすぐに教室を飛び出して、京都中央市場の中にあるおもちゃ屋さんに飛び込んだ。
そこにはドラゴンクエストが待っていた。
「待ってたよ。さあ、冒険に出ようぜ!」と彼は確かに言った。
これは僕とドラクエというカセットとの出会いのシーン。
でも、僕がドラクエに出会ったのはその一ヶ月前。少年ジャンプの誌面でのことだった。
その誌面には誇らしげにこんな文字が躍っていた。
「これは君が主人公になれるゲームだぜ!!!」
人生の中で、こんなに打ち抜かれたキャッチコピーはない。
それはまさに僕が求めていたものだったんだ。
カセットをファミコンにねじ込んで、電源を入れる。
ロゴが現われ、ファンファーレが鳴り響く。
震える手でスタートボタンを押す。
自分の名前を入力した。
その勇者の名は「むつみ」
妹の名前だった。
なぜなら妹の誕生日に、必死で妹を説得して買ってもらったからだ。
妹にはとても感謝してる。
でも、当然のように、その後ドラクエの冒険は僕が進めて行った。
王様の話を聞いて、外に出る。
町の人の話を聞いて、武器を装備する。
みんなが僕に向かって話しかけてくれていることに僕は歓喜した。
そしてそれを当然のこととしてゆっくり受け入れていった。
彼らは僕をこの世界の住人として認めてくれている!!!!
街の外に出たらそこには世界が広がっていた。
僕は恐怖した。
この守られた場所から外に出なくてはいけない恐怖。
一歩歩く、二歩、三歩。
数歩目で画面が突然暗くなる。
僕はびっくりしてコントローラーを落とした。
本当に落とした。
それを見て妹が隣で笑った。
でも、生まれてはじめてモンスターに出会った人間ってそれくらい驚くだろ?
その時僕にはそれが起こったんだ。
そこから夢みたいな毎日だった。
学校でもずっとドラクエのことを考えてた。
ともだちともずっとドラクエの話をしてた。
竜王の城についにたどり着き、現われる魔物たちにびびって逃げまくる僕のゲームスタイルを見て父親が笑った。
でも、生まれてはじめて竜王の城にたどり着いた人間ってそれくらい臆病だろ?
あのとき僕は本当に竜王の城にいたし、竜王と戦っていた。
「もし僕が勇者なら」という物語世界において、そこにいったドット絵の勇者はまさしく僕だった。
もし、あの物語体験を実際の空間でできたらどうなるだろう、とずっと考えていました。
リアル脱出ゲームを思いついた直後から「これをドラクエの世界でやったらどうなるんだろう?」と考えていました。
堀井さんがふらりとリアル脱出ゲームに遊びに来てくれた日が忘れられない。
もう5年くらい前。
堀井さんはその時こんなふうにおっしゃった。
「とてもおもしろいですね。でも僕はみんなに自分だけの物語を体験してもらいたいと思ってます。加藤くんは限られた人にそれをしようとしてますね」
目の前が真っ暗になるみたいにくらくらして、ドラクエとリアル脱出ゲームの差をこんなに明確にする言葉ってあるだろか、とにかくなにも考えられなくなってぼそぼそと「ありがとうございます」とだけいってぼくはその場を離れた。
それからずっと考えてて。
ドラクエを実際の空間でやるにはどうすればいいのかを。
どんなゲームを創ってても心の片隅ではドラクエの空間バージョンのことを考えてた。
元集英社の鳥島さんにあらためて堀井さんを紹介していただいて、ゆっくりお話することができて、幕張メッセにちょうど空きがあるという連絡があって、さらに別の人から「再来年はドラクエの30周年らしいよ」と聞いた。
堀井さんに「幕張メッセでリアルドラゴンクエストできませんか?」と連絡してみたらすぐにスクエニの方に繋いでくれて、それからたくさんの議論の結果、開催が決定した。
正式にそれが決定したときに、僕ははじめてラダトームの城を出たときみたいな恐怖を感じて、こんな大それたことが本当にできるんだろうか?と思った。
それは本当に心の底から震え上がるみたいな恐怖で、これからどんなモンスターが現われるのかまったくわからないフィールドに立ち向かう気持ちと同じだった。
ドラクエ1に例えるならレベル1なのに橋を三つほど渡ってしまった気分。
正式にやるって決まってから一年以上かけて「竜王迷宮からの脱出」を創ってきました。
最初に決まってたことは「広大なフィールドを四人パーティーで謎を解きながら冒険する。それぞれのプレイヤーに職業がある」ということだけ。ドラクエに例えると布の服とこんぼうしかもっていない感じ。
そこから一年かけてこつこつと確実にいろんなものを積み上げてきた。
途中たくさんの、本当にたくさんの困難があったけれど、それもきちんと乗り越えてきた。
たくさんのモンスターにも出会ったけれど、大体やっつけた。ときどき全滅して王様に叱られたけど。
それでもこの一年間「ドラクエをリアルな空間で遊ぶ」というこの単純なアイデアを疑ったことは一度もない。
絶対に絶対に面白いと思って創り続けてきた。
会場には勇者を向かえるためにたくさんの村人がいる。
予算がなくて豪華な装飾はつくれなかったけれど、ドラクエの世界はみんなの心の中にあるからテントがむき出しても大丈夫なはずだ。
音響さん、照明さん、運搬の人、印刷屋さん、映像の人、幕張メッセ、宣伝の人たち、販売の人たちなどなど、これまでではありえなかったような規模でたくさんの人たちが関わっているプロジェクトになった。
なにより、僕らのよちよち千鳥足のゲーム制作を、我慢強く丁寧に厳しくスクウェア・エニックスの市村さんに監修していただいた。
僕らが望んだ以上のことをスクエニさんはやってくれました。
同じ視点に立って、本当に長い時間監修していただきました。
あの監修がなかったら一体どうなってたんだろうと思うとまた恐怖がよみがえる。
二週間ほど前に、堀井さんにデバッグを体験していただいた。
「いいんじゃない。面白いね。これならみんな楽しめる」と言っていただいた。
五年前に言われたことの逆だ。
僕はほんの少しだけ泣きそうになったけれど、本番はまだ先だから泣くのはやめておいた。
後10日で本番がやってくる。
会社はもう蜂の巣をひっくり返したみたいな騒ぎだ。
毎日なんらかの締め切りがやってくる。
怒号が飛び交いながら、みんなですばらしいゲーム体験をつくるためにがんばっている。
これは祝祭なのだ。フェスティバル。
まだ誰も見たことのないフェスティバルが行われるのだ。
そしてなによりすばらしいのは、その主人公が「君」だってことだ。
30年前に僕が打ち抜かれた言葉を、今は世界に向かって僕が投げかける番だ。
さあ、準備はいい?
君は今から装備(歩きやすい靴)を整えて、大切な道具(チケットなど)を手にしてアレフガルドに冒険に出る。
竜王がまた復活しようとしているのだ。
この世界の平和は君が守らなくちゃいけない。
これは君が主人公になれるゲームなんだぜ!!!!!!!
30年前、竜王を倒してエンドロールを見ているときに、とても大切な何かが終わったような気がして心が空白になった。
深い達成感と、深い空白がそこには同居していた。
ゲームの世界での達成と、現実世界の空虚さが両立した変な時間。
あのときに感じた興奮と、あのときに感じた空虚さをもう一度ゲームの中に組み込みました。
その二つが竜王迷宮の中で交差します。
30年前に京都の小学6年生から生まれた感情が、幕張メッセにちょっとしたゲームを作らせたようです。
よかったらぜひみなさん、遊びに来てくださいませ。
SCRAP 加藤隆生
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