なんだかずいぶんとしんどい一週間で、心のどこかで土曜日を心待ちにしていた。
なんの予定もない土曜日を心待ちにするのは本当に久しぶり。
たぶん、15年ぶりくらいだ。
あまりに時間がないので、朝早くから会議が設定され、夜は半分仕事半分遊びの飲み会が毎日入り、帰ってから残りの仕事をして、明け方に眠り、また朝から会議。
忙しいだけなら別になんとも思わないんだけど、今やってる仕事が本当に世界を変える動きになってるのかどうかわからなくなるときがある。びっくりするほど小さな問題を解決するために時間をかけているときがある。
なあ、俺たちは、世界を熱狂させるために生まれてきたんじゃなかったのかい?
そんな毎日。
いつのまにかみんなでルールを作って、みんなで日々の仕事をこなしていて、「なんか普通の会社になっちゃったなあ」なんていいながら、みんなで目の前の仕事を消化する。
それを僕は心のどこかで望んでいた。
それを僕は心のどこかで憎んでいた。
4月のある土曜日。
やっとやってきた待ちに待っていた土曜日の午前10時に僕は目覚める。
もちろん彼女は僕が目覚めるのを待っていて、大喜びしながら僕の上にのっかかって来る。
「散歩に行こう」と彼女が言うので、「いいよ」と僕は言う。
僕は彼女の希望のほぼすべてのことに「いいよ」っていうことにしてる。
それで僕はパジャマを脱いで、準備をする。
せっかくの土曜日だから、ぱりっとしたシャツを着よう。
ややうすでのニットと、春コートを羽織って外に出る。
彼女はよたよたと歩く。
いつもの公園に向かって歩いていく。
車が来るからこっちへおいでというと僕の手を握る。
風が強いお昼で、草木が揺れる音がする。
「あ、ひまわり」と彼女が言う。
僕は「それはタンポポっていう花だよ」って教えてあげる。
「たんぽぽ」と彼女は言う。「これは?」と聞いてくる。
「それはぺんぺん草って言うんだよ」って僕は言う。
「ぺんぺん草」って彼女は言う。
時間が止まったみたいに時間が流れていて、強い風に吹かれて草木は揺れていて、雲の動きがずいぶん早くて、彼女はぺんぺん草を覚えて笑った。
まるで幸せみたいだなあと僕は思った。
公園に着くと、彼女はブランコに一直線で、僕に押してとせがむので、僕は彼女の背中をそっと押す。
ブランコに飽きると彼女は滑り台に向かう。
僕はそれをぼんやりと見ている。
体はうまく動かなくて、それを目で追う。
彼女がにっこりと僕に向かって笑うので、僕も笑い返すけれど、はたして笑えていたのかどうか。
ひとしきり遊んだ帰り道、彼女が道に生える草を指差して「ぺんぺん草ね」というので、僕はそうだよと答える。
雲がはやく流れていて、足元を枯葉が通り過ぎていく。
なぜか少しだけ泣きそうになる。
泣かないけれど。
何のためにがんばるのかなんて、必要なかった。
いつだって自分で壁を作って、いつだって自分でそれを乗り越えていけばよかった。
がんばる理由なんて必要なかった。
がんばっていればそれが意味だった。
でも、いつの間にかがんばる理由を必要としている。
僕は、ただの初期衝動のように、ロックンロールのように、目の前の何かをぶっ壊すことに夢中だった。
SCRAPすることに夢中だったんだ。
壊せないものをつくるなんて愚かなことだ。
どうせすべてが壊される。
ロックンロールの精神によって、ロックンロールが壊されたように。
なあ、もう俺は、いつだってぶっ壊す準備は出来てるぜ、と思っている。
いつだって、壊してやろうと思ってる。
自分が自分の趣旨を曲げるくらいなら、壊せるものはすべて壊すつもりでいる。
それで誰が悲しんだって、知るもんか!
もう一度思い出さないか?と僕は問う。
誰ともなく問う。
俺たちは本当にこんなふうになりたかったのか?
世界を俺たちの色に染め上げたかったのに、いつの間にか、世界に俺たちが染め上げられてしまってるんじゃないのか。
もうな、目の前のつまらないことにしばられるのはやめよう。
どこか遠くの彼女はそれじゃ救われないから。
思い出せ。
ロックフェスを作ったとき、ここから世界が変わると確信した。
今、僕らがやってることは、本当に世界を変えようとしてるのか。
彼女は散歩から帰って家に着いたら、「眠い」といって眠ってしまう。
僕は彼女の寝顔を見ながら、彼女を守りたいと思う。
そして、世界を変えてやろうと思うのだ。
彼女がもし僕みたいな人間だったときに生きやすいように。
世界中の僕みたいな人間が生きていきやすいように、世界を変えてやろうと、僕は思った。
そんな4月のある土曜日を僕は生きた。
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