あなたは腕時計をしている。
別に急いでいるわけでもないのに、さっきから5分に一回の頻度で腕時計をみる。
なぜだろう。
なにかがおかしい。
なにがおかしいのかは、はっきりとはわからない。
でも、致命的に何かが狂っている。
時間?
今ほんとは6:23なのにこの時計は6:38を指しているのではないか。
あなたは確かめてみる。こんな時のためにあなたは携帯電話を持っている。
「たとえ少しくらいおかしなことがあったって、わたしはきちんと対処して、やりすごすことができる」とあなたは思っている。
117を押す。
乾いたトーンの女が、冷徹な声で時刻を告げる。
「まもなく、6:23ちょうどをお知らせします」
ピ・ピ・ピ・ピーン。
あなたは自分の腕時計をみる。間違っていない。
むしろ、この時報を告げる女の声の方が間違っているような気がする。しばらく聞いていたら「ぶふっ」っと笑い出すのではないか。ひょっとして彼女は笑いをこらえているのではないか。
あなたは、まるまる20分も時報をを聞き続ける。もちろん、なにも起こらない。あなたは、諦めて、電話を切る。
それでも、あなたはまったく安心できない。
今わかっていることはなにかがおかしいってことで、なにもおかしくないってことはありえないのだ。もっと根源的で決定的な間違いがある。それがなにかがわからない。
リバース。
そう、リバースなのだ。
あなたは、昨日友人とやっていたカードゲームを思い出す。リバース。
自分の順番がやってくると思っていて用意したカードを出せない。あなたの前の人間がリバースのカードを出したのだ。突然、秩序は乱れ、当然のようにあなたの順番は逆に遠ざかっていく。
「そんなバカな話があるだろうか?」とはあなたは思わない。なぜならそれは、歴然としたルールであり、それもまた秩序だからだ。
むしろ「しかたがない」とあなたは思う。そんなことにまで文句を言っていては、この世界では生きていけない。
あなたの腕時計は逆向きに回っている。
それでも時間を正確に刻んでいる。
あなたはそのことに気づいている。
でも。なにかが違うと思うそのなにかが、それだとは気づいていない。
あなたの腕時計は逆向きに回っている。
正しい方向ではない。でも、なにが正しいかなんて、だれが決めることなんだろう。
あなたは、それに気づかない。ただ、なにかがおかしいと思っている。
まるでリバースのようだと。
また今、あなたは時計を見た。
さっき見たのは4分と28秒前だ。
まあいいや、とあなたは思う。
時間は正確だし、あなたの日常に影響があるわけでもない。
ただ、「なにかがおかしい」と思いつづけていなくてはならないだけの話だ。
ところで、これは、だれの話なんだろう、とあなたは思う。
ひょっとして、わたしのことなんじゃないか。
これは、あなたの話なんだろうか。それとも、僕の話なんだろうか。
世界がぐるぐると回っている。リバースに次ぐリバース。
上と下が右と左が静と動が正と邪がリバースに次ぐリバース。
なにを信じてやろうか、なにを信じずにいてやろうか。
さて、あなたは、なにを信じてみるのだろう。
リバースだ。
これは、あなたの話だ。
あなたの、話だ。
話だ。あなたの。
リバース。
スーバリ。
バリース。
まるでまるでまるでなにかのようだ。
まるでまるでまるでなにかのようだ。
までるでるまでるでまるかになうだ。
冷蔵庫の音がうるさい。
Posted by kato takao at 2014年07月21日 04:20 | TrackBack加藤さんの書く本が読みたいです。脱出ゲームの話でも、エンターテイメント論的な話でも、全然関係ないお話でも。インタビューとかTwitterで加藤さんが伝えている言葉が面白くていつも引き込まれています。いつかお願いします
Posted by: FUMIQ on 2014年09月19日 23:43
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