自転車のハンドルが冷たくて持てない夜。
アスファルトの上に白い風が渦を巻いていて、止まれの白い文字をもっと白く見せていて。街灯が薄ら明るく見えたな。頼りない光。頼りない祈り。ガードレールは触ったとたん手にへばりついて、むりやりはがそうとしたらべりべりと皮がむけてしまいそうなくらい冷たく凍り付いていた。
そんな夜。
ある店で、数十人の男女が、今ここにいない人の悪口を言っていた。
とても嬉しそうに。
とても愛しさをこめて。
確たる何かとしては言葉にとどめて置けない緩やかさで。
でも、あやふやとはいいがたい確かさで。
赤みのかかった照明の下運ばれてきたピザはとても美味しくて、僕は数日前に倒れて以来、久しぶりにビールを飲んだ。胃に直接ぶち当たったビールは胃壁に跳ね返されいくつかの歌になった。
僕は一曲だけ歌う。
ちょうどいい二人。
拍手をもらって席に帰る。
いい歌でしたねといってくれるスーツ姿の男性。40代?
ありがとうございます。ねえなんだかねじくれた時間ですね。ここは。
いえ、ねじくれてなんかいないですよ。ここは今ここにいない人のための時間だから。
あんなにやさしい場所にいたことがない。
みんな涙を直前に感じながらけらけらと笑っていた。
歌い続けなさいと誰かが僕に言う。死ぬときまで歌っていられたらそれが最高ですよ、と。
そうですね。と僕は答えながら別の風景を見た。
それは、僕が死んだ後でも僕の歌が流れる風景だ。
目の前の風景はここにはいない誰かのための場所。
願わくば、僕が死んだときにもこんな場所が現出しますように。
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