鮮やかでなくてはならない。
鮮烈な印象。そして余韻。
確かなポジティブさ。
ポジティブとは、ネガティブを踏まえて、汚れた手でつかむものだ。
何かを捨てないと、何かを得ることは出来ない。
それでもつかむものがポジティブ。
音楽である意味。
言葉だけではなく。アレンジだけではなく。溶け合ったところにある劇的な調和。
調和とはバランスの良いものではなく、提示されるべきすべてが過不足なくあるということ。
全部がバランスよく配置された音楽なんてつまらない。
突き抜けること。
誰も思いつかなかったことを思いつくこと。
そして、その思いつきがポピュラリティーを得ること。
未来への音楽であること。
結果的に壮大で世界的で示唆的で夢見がちであること。
高校生が夜中に勉強と恋の悩みを抱えながらラジカセやPCにしがみつくようにして聞くことが出来る音楽であること。
大学生が、将来への不安を少しだけ忘れることができる音楽であること。そして、その60分が終わった後では、また現実のつらさがやってくるけれど、前のつらさとは少し種類が変わっているものであること。
OLが日々たまった鬱憤を、このCDの中に見出すことが出来るものであること。
男性の社会人がこの社会で生き延び、勝ち組でありたい、もしくは勝ち組でなくては生きる意味がないと思うことに疑問を呈するものであること。
アスファルトにはこもっていない熱が、このアルバムにはこもっていること。
完璧な歌は歌わないこと。
調和ではなく。
剥き出しの何か。
どうしようもないエゴと、汚らしい自意識と、音楽への憧憬・嫉妬と、根拠のない自己愛。
自己愛さえ信じることが出来ない何か。
自己愛を信じていることを認めることが出来ない何か。
それを4人で叩き込んで、奇跡的に美しいものであること。
人知を超えて美しいものであること。
芸術的であってはならない。
イメージを言葉にし、言葉とイメージを音にしたものであること。
ぎりぎりのエゴを叩き込むこと。
本当のぎりぎりがどこにあるのかを、4人できっちりと認識した上で進むこと。
振り切れて、突飛で、道化で、きちがいの音楽だ。
だからこそ美しいのではなく、それなのに美しい音楽であること。
スケジュールや、事情や、状況に流されないこと。
ぎりぎりのエゴを叩き込むこと。
エゴを、イドを、性欲を、ほとばしりを。
ほとばしらないのならば、もうやめてしまおう。
僕らはぎりぎりのラインで、
自己を拡大し
誇大妄想の中でのみ創り得る
道化の音楽をする。
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