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2005年11月07日

 お昼2時過ぎに伊藤君がいつものように迎えに来てくれて、いつものように僕が運転して、ライブの場所に向かった。
 同志社大学田辺は、遠くて、懐かしかった。
 なにも変わっていないように見えたけど、注意深く目を凝らして見てみるとなにもかも変わっている。
 僕はこの場所で自堕落さと自己憐憫を覚えた。言い訳だけがうまくなった。
 今も言い訳はうまい。おかげさまだな。
 ここは僕のための場所ではないと思った。
 あたりまえだけど、そう思った。

 閑散とした場所。
 閑散としたイベント。
 ぱらぱらと出ている出店。
 曇った空の下で、人々は虚空を見つめている。
 通り過ぎていく人々を恨めしげに見上げながら、誰かに何かをいいたそうだ。でも、彼らは言葉もなく、お客になるかもしれなかった人が通り過ぎた後も、また虚空を眺め続ける。ため息がそこらじゅうでぷかりぷかりと浮んで、とてもきれいだった。

 雨の匂い。
 草いきれ。
 風が吹く度に、木々にこびりついた雨のしずくが降ってくる。
 小奇麗で、よく見ると汚れていて、精密な振りをした大雑把さで、コンクリートに染み込んでいるのは、誰かの思いなのか、それともただの汚れなのか。

 ともあれ、僕はここで、18から19まで毎日過ごした。 
 おそらく600回くらい通った。
 2人の女性とつきあった。
 1人目は1ヶ月で別れた。
 2人目は1年くらいつきあった。
 でも、 彼女の誕生日を忘れていたら振られた。
 別に哀しくなかったけど、寂しかった。
 生まれてはじめてのバンドはここで作った。
 ありちゃんと出会ったのもここだ。
 毎日歌っていた。
 出来る限りでっかい声で歌ってられればそれでよかった。

 日が暮れて、風が冷たくなってきた。
 もうすぐ出番ですよって声をかけられてから、僕はビールを買いに行った。
 ぬるいビール。300円。でも必要だった。

 ライブ。
 身体がぐしゃぐしゃになるかと思った。
 開放して、その反動ですべてがつぶれてしまった。
 再構成された僕は、さっきまでとは違う。
 粒子が見える。
 音がたゆたっているのが見えたので、それを世界一優しい方法で切り裂いたのさ。

 主催の方々にカレーをご馳走になる。
 おいしい。
 そして、辛い。
 身体に沁みていくようなカレー。
 よい人達。
 優しい人達。
 でも、なぜかどこかが戸惑っているように見える。
 どこかの歯車がおかしい、オーガナイズされていない、一つだけずれたパラレルワールドみたい。
 でも、何がおかしいのかは僕にはわからない。
 そもそも何もおかしくなんかないのかもしれない。 

 ちょっとしたショッキングな出会いと、ずいぶんとうれしい告白のあと、帰りは伊藤君の運転。
 雨はやんでいて、ポツリポツリと話しながら僕らは帰る。
 僕は少し酔っていて、伊藤君にいろいろと失礼な事などをいうけど、伊藤君はふふふと笑って特に強いリアクションはしない。

 家の前まで送ってもらって、伊藤君に手を振って、
 「じゃあまた明日」といって別れた。明日もロボピッチャーの練習です。

 家に着いたら、ボロフェスタの請求書が二通と訃報が届いていた。

 僕は実は、彼女のことがとても好きで、初めて見たときからステキなだなと思ってた。
 彼女のリズムは、異常なまでに有機的で、カラフルで、タイトで、重くて、踊れた。 
 ほとんど話したことはなかったけど、何度もすれ違ったし、ライブは何度もみた。

 一度だけ声をかけてもらったことがある。
 僕らのライブが終わったあと。
 「いいバンドですね」
 「もちろんです」と僕は答えた。
 にっこりと笑って彼女はどこかへいってしまった。
 僕は、とても満足で、もう一度心の中で「もちろんだ」と思った。
 いいバンドに決まってる。

 僕はぼんやりと、感情が起こるのを待っていた。
 哀しくならなくて、寂しくもなくて、ただぼうっとしていた。

 電話が鳴ったので出る。
 「何してたの?」と彼女は言う。
 「テレビを見てた」と僕は言う。嘘じゃない。目の前でテレビはついていた。目は少なくともテレビを見てた。
 「そう」と彼女は言って、今日あったことを話し出す。明日の予定と、これからのことを。
 明日の予定。
 明日がもしあるとすれば、やらなくてはならないこと。  
 多分来るよ。 
 でも、明日が来なかった人もいるんだってことは忘れないでおこうと思った。

 僕は彼女に、あるドラマーが死んでしまったことは伝えない事にする。
 そのかわり、別のちょっとしたニュースを伝える。
 僕らの共通の友人が近々結婚するって話だ。
 「ええっ」と彼女は言う。「で、それを聞いてあなたはどう思ったの?」
 さあ。別に何も思わなかった。ちょっと寂しくなっただけ。飲み友達がまた一人減っちゃうから。
 「そう」と彼女は言う。とてもニュートラルな「そう」だ。ニュートラルという言葉の代表みたいな「そう」。

 20分ほどで電話を切った後、僕はまた死について考えてしまう。
 そして、ビールを飲む。

 優しい歌を歌いたいなあと思う。
 なんで僕の歌はこんなにぴりぴりしてるんだろう。
 なんか嫌になった。
 
 優しい歌。
 だれも傷つけない。
 だれも救われない。
 だれも助からない。
 でも、優しい歌。

 さあ、もう眠らないと。
 僕はもう起きすぎている。
 そして、絶対に疲れすぎている。自分ではわかってないかもしれないけど。
 眠ろう。
 明日もし目が覚めたら、今日の事を思い出そう。僕は何を思って、何を思わなかったかを。
 夢はみない。
 空も飛ばない。
 目が覚めたら歩こう。
 疲れたら休もう。
 そこで出会う一つ一つのことを心に留めよう。

 今飲んでいるビールで最後にしようと思います。
 ここまで読んでくれてどうもありがとう。

 では、また明日。

Posted by kato takao at 2005年11月07日 02:54 | TrackBack
みんなのコメント

いつもついついみてしまう。
とおりすぎられない。
これからもみてしまうと思う。

Posted by: AKIKO on 2005年11月07日 15:42
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