« 歩いて本屋さんまで行ったのです | Main | 夏は »
2005年07月25日

 今週の土曜日は雨の予定だった。

 天気予報は降水確率60%を予想し、金曜日の月には傘がかかり、犬の鼻は濡れていた。
 僕は、土曜日は一歩も家を出ないことを決め、そのための大掛かりな準備をした。
 マンガを15冊。小説を二冊。CDを20枚。ビデオを2作。ゲームを4つ。社会とのつながりは、ネットを通して行なおう。
 これだけあれば一人でいても大丈夫。僕はまぼろしを追いかけ、追いつき、それに埋没する事で、幸せな土曜日を過ごすことだろう。

 土曜日になって、問題が一つ起こった。
 その日は、信じられないくらい晴れていて、空には雲の一つもなかったのだ。

 窓からは明るい日差しが差し込み、通俗的な幸せな優しい週末の到来を告げていた。

 僕は、外出の予定なんてなにもなくて。
 燦燦と降り注ぐ太陽の光を避けて、家の中でマンガを読んだ。
 その中で行なわれている冒険に心躍らせ、その恋にときめき、主人公の成長を誇らしく思った。

 ふと気がつくと、部屋は汚く。
 僕はパジャマのままで。
 床は油っぽく。
 つめも汚れていて。
 髪の毛はぐしゃぐしゃで。
 とてもじゃないけど、冒険に出て行けるような風体ではなかった。
 どんなに簡単な恋のチャンスも、この風体では取りこぼすだろう。

 現実と、バーチャルの狭間を見て、僕は思わず目をそらした。
 逃げてしまえばいい。
 目をそらせば見えやしないのだから。
 ここには僕しかいなくて。
 僕が鑑賞するためのものしかない。 
 僕は独りで、一人じゃない。

 めちゃくちゃに散らかった部屋に寝転んで、動く事も出来ずに、手の届く一番近くにあるマンガを読み始めた。
 7巻から。
 7巻の途中から。
 主人公は、悩み傷つく。
 「それでも、俺はやらなくちゃいけないんだ!」と英雄的に叫ぶ。
 「俺が逃げたら、それで世界は終りなんだ!」
 彼が逃げたら、彼の愛する人達はみんな死んでしまうような場所で、彼は叫ぶ。

 はははっと僕は笑った。
 そこまで状況を作ってもらわないと、戦えないのかい?
 俺なんていつでも戦えるぜ。覚悟は出来てる。
 辛かったら泣くし、がんばりたけりゃがんばる。いざとなったら結構やるはずだし、困ったら死ねばいい。死ぬ勇気はないけど、最悪それも選択の一つ。

 それと同時に僕はわかっている。
 そんなことできやしない。今もう少し先にある、もっと読みたいマンガを取りにいく努力もしない俺が、世界を救う事なんて出来やしない。愛する人を守る事も出来ない。そもそも愛することってなんだろう。そんなこと考えた事もない。与えられたものを、そのように受け取ってきただけだ。誰かのために生きる事で、自分の人生を考えた事なんて一度もない。

 ふと気がつくと腹が減っている。
 しかも小便をしたい。
 仕方ない、トイレに立ったついでに飯でも食おう。
 確か、昨日コンビニで買ったラーメンがあったはず。

 僕は小便をすませ、お湯を沸かす。
 ラーメンにこれをかけて食べる。
 
 生きているのか?

 生きている。
 僕は今から、ラーメンを食す。腹をすかせている。食べるのは生き延びるためさ。

 生きているのか?

 生きている。
 僕は心を動かす。きれいな女を見ればときめき、面白い物を見れば笑う。

 それで?

 そう。それで、僕は生き延びて。
 なにもしなくて。
 誰かの夢の欠片を眺めながら、なにもしないでここにいる。
 
 それも僕だ。
 
 ラーメンはうまくもまずくもない。
 ただ腹に溜まった。
 それでいい。

 まぼろしがここにいる。
 僕に話しかけている。
 愛や恋や歌や正義や平和や夢や希望について。
 ばーか。
 それしかないからまぼろしだ。

 からだからくさったにおいがする。
 昨日お風呂に入ったっけな。
 これはまぼろしじゃない。

 それも僕だ。

 目を凝らすと、部屋の隅にギターが置いてある。
 すがりつくようにそれをもって、なにかをした。

 ぎりぎりのラインをあるいている。
 こんなに平和な、こんなに平たんな日常の中で。
 
 僕はまぼろしといる。
 
 まぼろしをぬけて、次のまぼろしと出会う。

 きっと郵政事業民営化のまぼろしが手招きして笑ってるのさ。
 さあ、歌おう。
 歌ってしまえば、それで。
 それで。
 それで、時間がながれるから。

 
 そんな週末。
 コントロールから一番遠い週末から、一つのアルバムが生まれた模様です。

Posted by kato takao at 2005年07月25日 06:21 | TrackBack
みんなのコメント
comment する

















*POSTを押しても自分のコメントが見えない場合、一度ページの更新をしてみてください。
*HTML不可です。
*アドレスは入れると自動でリンクになります。
*管理者の判断でコメントを削除することがあります。