今週の土曜日は雨の予定だった。
天気予報は降水確率60%を予想し、金曜日の月には傘がかかり、犬の鼻は濡れていた。
僕は、土曜日は一歩も家を出ないことを決め、そのための大掛かりな準備をした。
マンガを15冊。小説を二冊。CDを20枚。ビデオを2作。ゲームを4つ。社会とのつながりは、ネットを通して行なおう。
これだけあれば一人でいても大丈夫。僕はまぼろしを追いかけ、追いつき、それに埋没する事で、幸せな土曜日を過ごすことだろう。
土曜日になって、問題が一つ起こった。
その日は、信じられないくらい晴れていて、空には雲の一つもなかったのだ。
窓からは明るい日差しが差し込み、通俗的な幸せな優しい週末の到来を告げていた。
僕は、外出の予定なんてなにもなくて。
燦燦と降り注ぐ太陽の光を避けて、家の中でマンガを読んだ。
その中で行なわれている冒険に心躍らせ、その恋にときめき、主人公の成長を誇らしく思った。
ふと気がつくと、部屋は汚く。
僕はパジャマのままで。
床は油っぽく。
つめも汚れていて。
髪の毛はぐしゃぐしゃで。
とてもじゃないけど、冒険に出て行けるような風体ではなかった。
どんなに簡単な恋のチャンスも、この風体では取りこぼすだろう。
現実と、バーチャルの狭間を見て、僕は思わず目をそらした。
逃げてしまえばいい。
目をそらせば見えやしないのだから。
ここには僕しかいなくて。
僕が鑑賞するためのものしかない。
僕は独りで、一人じゃない。
めちゃくちゃに散らかった部屋に寝転んで、動く事も出来ずに、手の届く一番近くにあるマンガを読み始めた。
7巻から。
7巻の途中から。
主人公は、悩み傷つく。
「それでも、俺はやらなくちゃいけないんだ!」と英雄的に叫ぶ。
「俺が逃げたら、それで世界は終りなんだ!」
彼が逃げたら、彼の愛する人達はみんな死んでしまうような場所で、彼は叫ぶ。
はははっと僕は笑った。
そこまで状況を作ってもらわないと、戦えないのかい?
俺なんていつでも戦えるぜ。覚悟は出来てる。
辛かったら泣くし、がんばりたけりゃがんばる。いざとなったら結構やるはずだし、困ったら死ねばいい。死ぬ勇気はないけど、最悪それも選択の一つ。
それと同時に僕はわかっている。
そんなことできやしない。今もう少し先にある、もっと読みたいマンガを取りにいく努力もしない俺が、世界を救う事なんて出来やしない。愛する人を守る事も出来ない。そもそも愛することってなんだろう。そんなこと考えた事もない。与えられたものを、そのように受け取ってきただけだ。誰かのために生きる事で、自分の人生を考えた事なんて一度もない。
ふと気がつくと腹が減っている。
しかも小便をしたい。
仕方ない、トイレに立ったついでに飯でも食おう。
確か、昨日コンビニで買ったラーメンがあったはず。
僕は小便をすませ、お湯を沸かす。
ラーメンにこれをかけて食べる。
生きているのか?
生きている。
僕は今から、ラーメンを食す。腹をすかせている。食べるのは生き延びるためさ。
生きているのか?
生きている。
僕は心を動かす。きれいな女を見ればときめき、面白い物を見れば笑う。
それで?
そう。それで、僕は生き延びて。
なにもしなくて。
誰かの夢の欠片を眺めながら、なにもしないでここにいる。
それも僕だ。
ラーメンはうまくもまずくもない。
ただ腹に溜まった。
それでいい。
まぼろしがここにいる。
僕に話しかけている。
愛や恋や歌や正義や平和や夢や希望について。
ばーか。
それしかないからまぼろしだ。
からだからくさったにおいがする。
昨日お風呂に入ったっけな。
これはまぼろしじゃない。
それも僕だ。
目を凝らすと、部屋の隅にギターが置いてある。
すがりつくようにそれをもって、なにかをした。
ぎりぎりのラインをあるいている。
こんなに平和な、こんなに平たんな日常の中で。
僕はまぼろしといる。
まぼろしをぬけて、次のまぼろしと出会う。
きっと郵政事業民営化のまぼろしが手招きして笑ってるのさ。
さあ、歌おう。
歌ってしまえば、それで。
それで。
それで、時間がながれるから。
そんな週末。
コントロールから一番遠い週末から、一つのアルバムが生まれた模様です。
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