僕らにも、ひりひりと凍てつくような時間があって、どうしようもなく停滞していて、まったく未来なんか見えなかった。
僕の指先は毎晩震えていて、キーボードが打てなかった。風が吹いていることと、木々が揺れていることはわかったけど、風が吹いているから木々が揺れているってことはわからなかった。
僕らはいつしか、謎の肩書きとともに、理不尽な自由を与えられ、ギターを手に不自由な歌を歌いだした。僕はビールを飲んでいた。僕はビールを飲んでいた。
留守番電話がピカピカ光って、着信ありだと告げていたけど、用件なんか聞かなかった。
僕は彼女の胸の中にある、ちらちら光る光みたいなものを頼りに歩いていたけれど、今はどこかへ行ってしまって、そんなものは贋物だっていやというほど知らされた。
彼女は眠ったまま泣いていて「どこかへ消えてしまえ」と寝言で言った。
雪が降っていて、僕は自転車をゆっくりとこいでいた。この道を進んでもなにもない。どこにもたどりつかない。耳には深く深くイヤホンが差し込まれ、一番大きな音で音楽が流れていたけど、それがなんの曲だったのか覚えてはいない。でもそれはあきれるほど楽天的な音楽で、今日がんばったら、明日は良い日だって感じの曲だった。いつまでも降り続く雨なんてないのさって。
僕は激しい怒りを感じている。
いつまでも降り続く雨なんてないかもしれないけど、今ここに降っている雨を悲しんでいる人はどうしたらいいのか。
僕は自転車を降りて。ショーウィンドーに自転車を投げつけた。がしゃんとガラスが飛び散るかと思ったけど、タイヤの部分がうまいこと当たったのか、ウィンドーは割れず、自転車が雪の上を静かに舞った。
自転車は捨てていこう、と思った。
僕は近くの自販機でビールを買った(その頃は24時間ビールが買えた)。
飲みながら歩いた。手がちぎれるほどビールの缶は冷たくて、しかも栓を開けたら泡が僕の手を濡らした。指がうまく動かなくて、ビールもちゃんと飲めない。気をつけないと唇がかじかんで端からビールをこぼしてしまう。
月がきれいな夜で。
それは、ものすごく月がきれいな夜で、漆黒の中にぴたりと張り付いた月が、あきれるほど美しいフォルムで切り取られてた。
星がぴしぴしと凍りついて、がしがしと光っていて、僕は、もうこんな美しいものは二度と信じないと思った。
雨が降れば良いのに。
雨が洗い流してくれたらいいのに。
夏の夕方に降る、強い雨を僕は願った。僕は半袖で、強い雨に打たれながら、打ち砕かれながら、死んでいく僕のことを考えていた。
排水溝をめちゃくちゃに砕かれながら流れていく僕。
細切れの紙吹雪みたいに、下水道を流れていく僕。
でも今は冬で、やけにやさしげに雪が降っている。
僕は彼女のことを思ってすぐにやめる。
彼女の唇は紫で、かさかさに乾いていて、触れたいとも思わなかったけど、触れなくてはならなかったのかもしれない。
彼女は何かの言葉を言おうとしていた。僕はそれを聞く前に部屋を飛び出てしまったけど、それが何だったのかくらい聴いておくべきだったのかもしれない。
僕は白い息を吐きながら、白い息を吐きながら、何もかもは吐き出せずに、ここで笑う。
で。
で、今、なにしてんだろうな。
まだ寒い。
Posted by kato takao at 2004年01月10日 02:33 | TrackBack
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