弛まぬ時間の中で。「たゆまぬ」っていいかげんな言葉だなあ。使いにくい。
まあ仕方ないので使うけど、弛まぬ時間の中で生活しています。僕なりのやり方で。ゆっくりとではあるけれど。だからいろんなことがいろんな方向に信じられないくらい大きくぶれている。海に浮かんでいる浮き輪が、知らない間にものすごく遠くに流されているように。
僕がもう10年くらい行っているバーの店長さんが明日で引退するので、そのパーティーがあります。たぶん、夜の10時くらいから飲み始めるので長い夜になるでしょう。ふるい友人達が集まって、昔の話をして、今の話をちょっとだけします。「僕は今バンドで音楽をやっているんだよ」というとみんなものすごくビックリしたあと、少し気まずいような顔をします。がんばってね、とか、いつか見に行くよとかとりあえず口にします。僕はそういう時用の笑顔を持っているのでさわやかに「うん」といいます。
ジンライムの氷が唇にあたる音と、煙の色と、よくわからない香水。朝になるとわけのわからない匂いが体中に染み付いていて、それからゆっくり昨日どんなことがあったかを思い出します。たくさんのよいことがあって、いくつかの思い出したくないことがありました。そのお店で出会った人と付き合ったこともあるし、その店で別れ話をしたこともあります。もうここ5年くらいほとんど行ってないけど、まあ大切なお店でした。銀蔵さんおつかれさま。
最近一人で要る時間が病的に嫌いです。でも大体の時間一人で要るのでいつも微妙な感じで過ごしてます。「ああ、4秒前までは幸せだったのに」とかつぶやいたりして暮らしてる。
では。
Posted by kato takao at 2001年06月29日 23:47 | TrackBack
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