April 2005 Archives

トーキョーだ

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にもつがおおいな
たいへんだ

風呂上がり

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汗が止まらん
夏かしらん

あああ

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風邪の終わりの爽快な感じが心地いい。シャワーを浴びながら風呂掃除を始めてしまった。扇風機が回り始めました。

もうすぐゴールデンウィークです。僕のゴールデンウィークと言えば4月30日のバードマンハウス開店記念パーティに高い飛行機代を払っても行くのが常なのですが、どうやら今年は横浜で年を迎えることになりそうです。ああ、残念。最終の飛行機もしくは新幹線で小倉まで行くことも考えてみたけれど、どうあがいても間に合わない。

このお店を自分が離れる時は何があっても4/30に戻ってくることを信じて疑わなかったのに、なにかとなかなか難しい。まず沖縄に居着くことになるとは夢にも思ってなかったモンね。もう6年。そのうち確か2回ほど行けてない。6年前の4/30はお金が全然なくてまったくそれどころじゃなかったなあ。沖縄で初めての給料貰ったのが4/30で、北谷の職場の最寄りのまずいラーメン屋でたくさん注文してお祝いしていたら、いろんなヒトから電話がかかってきて、嬉しいような淋しいようなそんな気持ちを味わいました。たしかこの年は、懐かしい面々が一堂に会して本当に楽しかった、とくろきさんが言ってたなあ。

行きたいなあ。

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風邪のなか

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咳っぽかったのが本格的に風邪になりまして、ずっと微熱が続いて(る感じがして)います。喉が痛い。なんじゃらほい。

そんな床の中で読んだ「刑務所の中」という漫画。ちえみさんがおもしろいと言っていたので借りてきました。これはやばいです。好奇心を飛び越えて、「何もしなくてもいい世界への憧れ」を自分の中に発見してヒヤリとしました。やばいです。特に風邪でバイトさぼった男が布団の中で読むとやばいです。

うちの近くのスーパーのレジ係に「こちらのほうさま」がいます。

息継ぎ

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ふう、一息ついてます。3月末から続いていた、いつもと違うスケジュールが今日終わりました。

会議中はワシントンから来た、南米をふるさととするたくさんの人々の中で楽しく働きました。いろんな国から来たヒトビトが奔放に働いているのを見ていると、アメリカというところでの生活に少し興味を持ちました。ちょっと行ってみたくなりました。

来年開催国のブラジルのテントでは夕方からお酒がふるまわれていたので僕もいただきました。恐ろしく強いお酒で胸に熱く来ました。40度だって。小さなプラスチックカップ2杯で真っ赤になってしまった。でも皇太子を見るために外で待ってて日焼けしたと言ったら誰一人として疑いませんでしたね。

サトウキビから作られるカシャーサというお酒。サトウキビから作られるのならラムの一種じゃないか?って何人かのブラジル人に尋ねたところ(味は似ている)、みなさん全員「カシャーサはカシャーサだ」って言ってましたね。他の人が同じ質問をしていたので「ブラジル人に、カシャーサは何?って尋ねてもわからんよ」って横から言ったら「カシャーサはカシャーサだ」って僕に言ったブラジルの女のヒトが誇らしげに笑ってましたね。あとでそのテントの前を通ったらパーティに発展していたのがおもしろかった。カシャーサはカシャーサです。うまいですよ。

僕は2回ほどパーティに出てみました。そう、夜になると何かしらのパーティがあって、まるで映画のようなパーティ会場が用意されるのですよ。丸テーブルには料理が並べられ、片手にグラスを持った人々が会話の輪を所々に作って談笑するのですよ。ちょっとおしゃれなどして。その中をおしゃれしないでうろうろしました。

閉会式のパーティでは老若男女が踊っていました。みなさんラテンの血が騒ぐのですよ。そういえば、日本広しと言えども接待のためにサルサを踊らなければいけない知事は沖縄県知事だけでしょう。踊っているのを見つけた時はなかなか盛り上がりましたね。素直に楽しそうな人々の中で素直に楽しかった。喰いきれんかった。花火もキレイだった。小雨が降る中、友人とはぐれて見る花火が一瞬センチメンタルでした。

その後東京に4泊5日で行ってきて、さっき帰ってきました。特に予定も詰め込まずに行ったのであんまり期待していたなかったのですが、かなり楽しかった。花フェノ軍団と遊んだら笑いすぎて頬の筋肉が痛くなりました。花見に行ったらすごい桜吹雪でした。買ったばっかりのバックに桜の花びらがたくさん入りこんで、そのまま沖縄まで持って帰ってきました。花フェノのみんなとは6月に京都でまた会えそうだ。楽しみだなあ。花フェノ沖縄上陸も楽しみだなあ。

沖縄に帰ってきたら予想外に雨だった。
なんか咳っぽい。
けぽんけぽん。
まあ他にももっといろいろあったんだけどね。
おやすみなさい、ふう。

あれ?いつの間にかサマータイム↓

音楽生活見直し中

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iPodを買うことにした。で、どのiPodにするかを今考えています。

いろいろ調べた結果、まずデジタルカメラのバックアップ用として使うのはやめました。転送する時にバッテリを激しく消耗させるそうです。バッテリが保たない携帯器具は嫌いです。ここでiPodフォトが消えます。とりあえず選択肢が一つ消えました。

昨日ishuffleを手にとって見たら、すごく小さくて軽くて、はっきり言って大きな魅力を感じました。アルバム25枚くらいに常に精選しておくというのも悪くないかなあ。あんなに小さいとはなあ。。。

今日はここまで!

(うーむ、ほとんど決まってる)

050407

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コインパーキングで新千円札使えなかったので
近くのコンビニで野菜ジュースとライター買う
ジュースとライター忘れてくるるるるるるるる

グッバイマイホームタウン

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僕の生まれた町は山口県内の日本海に面する風光明媚な田舎町です。その隣の隣の市役所の職務執行者という肩書きのヒトから封書が届いた。どうやら僕の生まれた町は先月の22日になくなって、隣の隣の市に合併されてしまったらしい。本籍が変わりました、と書いてある。僕が住んでいた町の名前から「町」の字がとれて地区名に成り下がっている。わお。微かにセンチメンタル。

町のホームページ(の残骸)を見たら僕の町が「町」になったときのことが軽く書いてあった。3村と隣の村の一部が合併してできた町だということ。昭和29年だから1954年、今から51年前の話だ。(今テキトーに調べた限りではこの年は今年みたいに全国的に合併が進められた年だったみたい。たぶんね。昭和の大合併!)3村と言っても、名前を見るとそこがかなり小さい村だったことが僕にはわかる。隣の村の一部が「わしらはこっちがええほやないか?」って言ってわざわざこっちに来ているわけだから、ヒトの気持ちと行政がまだがっちり繋がっている時代だったのかなあ、と想像してみる。

最近「おーい龍馬」を読んでいるせいか、この3村の合併のために村の年寄りたちが一カ所に集まって話し合いを重ねる姿などが頭に浮かんでくる。若い人たちは若い人同士で「県が合併せんといかんって言うちょってもこれじゃいかんっちゃ」って将来についての意見をぶつけあったりして。本当にそんな感じだったのだろうか。ちょっと憧れる。

それにしても下関市はぶち大きゅうなっとらーやー。あれは大きゅうなりすぎやないほかっちゃ。そのうち萩市と長門市がいっしょになって長州市とかなるほやないんじゃろうか。ほしたらさつま町と歴史的な同盟を実現さして日本政府を倒す一大勢力にでもなるんじゃろうか。

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