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ロボピッチャー・かとうたかおのweblog

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2017年12月27日
夕暮れ時を待ちながら

実は僕は、決起集会と打ち上げがとても好きです。
人生の中で思い出す素敵な夜ベスト10のうちの半分くらいは、打ち上げか決起集会だ。
たぶん飯田君(SCRAPの偉い人)もそうだと思う。
12年くらい前に飯田君がボロフェスタの打ち上げで泣いている女の子に「泣いたらええ、悲しい時は泣いたらええんや」と言っているのを聞いて、こんな適切なセリフをここで言えるなんて、なんてすごい奴だ!と思ったことがあるが、まあその話はいったん置いといて。
とにかく僕は打ち上げや決起集会が好きなのです。
組織を維持するための飲み会は無意味だけれど、プロジェクトの始まりと終わりを告げる飲み会は好きです。

東京ミステリーサーカスの決起集会はいつ行われたんだっけな。
16日くらいだっけ?プレオープンの二日目くらいだったかな。関係者が来るプレオープンの日でした。
各フロアのスタッフが集まって、200人くらいいたかな。すごい数の人たちがTMCの一階で飲んでた。
僕は確か、最初の挨拶したんだけど「あのさ、ずっと準備をしてきたけど、これはすごいテーマパークだってことを今日確信した。だからさ、あんまりこういうこというのはよくないような気もしてたから言わなかったんだけど、あのさ、でももう言うけどさ、もうおれたちさ、〇〇とか〇〇とかをぶっ潰すテーマパークになります。世界一のテーマパークになれると思う!」みたいな挨拶をしたと思う。
わーってみんなが拍手をしてくれて、わーってみんなで騒いで、それから飲み会がはじまって、いろんな人と乾杯して、もうみんな疲れ果てて、でもやり遂げた喜びとこれから始まることへの不安と期待みたいなのがあって、だれとしゃべってても神がかってるというか、どんな言葉も言霊みたいに響いて、胸がくしゃくしゃになった。

バイトの一人の子が言ってた。
「私にとってはもうここは世界一ですよ」って。
そうだねって僕はこたえたけど、彼女の眼を見ては言えなかった。

わあわあ叫ぶみんなや、どんどん飲み干されていくお酒や、どこか遠くでなっているような音楽や、いろんな人たちがいろんな人と繋がり広がり、そんな中弊社のパーティ野郎熊崎君がいろんな人にマイクを向けてインタビューをはじめて、きっちり会場を盛り上げて、ああこれはもうなにか、どこかへ届いてしまうような何かが、ここから生まれて羽ばたいていくのだなという明らかな予感の中で、僕は夕焼けのことを考えていた。

パーティの喧騒の中で割れ鐘を鳴らすような爆音で、僕の耳元で鳴っていたのは孤独に関する音楽ではなかったか。
狂騒のパーティでこそ聴こえる孤独のメロディみたいなものがそこにはあって、あれを聴いたのは僕だけだったか、それともみんな聴いていたのか。

夕暮れみたいだな僕らは、と思った。
パーティと孤独を愛し、そこから何かを生み出す愚か者だ。
ハイロウズ風にいうなら、昼と夜をかきまぜて朝まで踊れる男だ。
僕らは、楽しいだけのパーティを否定する。
孤独に埋没することも否定する。
その狭間にある夕暮れから、僕らは何かを生み出すのだ。
それが一番力があると知っている。

楽しい飲み会の帰り道ほどさみしくなる。
その当たり前の気持ちに光を当てるのが僕らだ。

さてと、夕暮れ時など待ちながら、僕らはどこへいくのだろうね。

kato takao** 27/12/2017 水曜日 02:15 | Link | TB (0) | コメント(0)
2017年12月22日
歌舞伎町探偵セブンについて

歌舞伎町探偵セブンというコンセプトを思いついたときは本当に震えた。
こりゃとんでもないことを思いついちまったなと思った。
その場にいる誰もが興奮していた。

どういう流れでその思考にたどり着いたのかはっきりとは覚えていない。
でも、それはSCRAPのクリエイティブチームが全員揃う合宿でのことで、丸二日間ずっと全員で閉じ込められて「東京ミステリーサーカスでやりたいこと」というテーマでアイデアを出していた時だった。

ああ、そうだ思い出してきた。
そもそも最初の頃の東京ミステリーサーカスは、ビルを全部借りるつもりだったんだ。全部で10フロアを使い切る壮大なプロジェクト。
予算も今の倍以上かけた夢見がちなプロジェクトでした。今考えると5フロアでもぼろぼろになってるんだから10フロアなんて絶対無理だった。
で、どこかで誰かが我に返って「これ半分の方がよくね?」ってなって地下一階から四階までの地に足の着いたプロジェクトになった。

ただそれに伴って、本当はビルの中をぐるぐる回遊する謎解きイベントを三つほど走らせようとしていたプランがとん挫した。
5階は密林、6階はSFとかをテーマにして、それらをぐるぐる回って謎解きするんだ!とか言ってたんだけど、なんせフロア数が半分になったからじゃあもう無理じゃねえかって。

あんとき誰が最初にそれに気づいたのかな。
俺だったような気もするし、他の誰かだったような気もするし、でもどっちにしてもあの合宿の空気が思いつかせたものだったような気がする。
とにかく誰かが気づいた。
「そうだ!別にビルの中だけじゃなくていいじゃないか!外に出しちゃおう!!!」と。

これまでの歴史の中で、アミューズメントパークやテーマパークを作った人たちの中でそんなこと思いついたことある人いろんだろうか。
自分たちがつくる施設の外でゲームを作るなんて!

僕らはちょうどポケモンのリアル脱出ゲームを外で作っていたり、東京メトロさんと地下鉄に乗りまくる謎解きを作っていたので、思いつきやすかったのかもしれない。

ましてや僕らがテーマパークを創ろうとしていた場所は歌舞伎町だった。
日本中探してもここより物語の舞台っぽいところはそうそうないだろ。
じゃあさ、東京ミステリーサーカスを拠点にして、歌舞伎町を歩き回るゲームを創ろうよ!
って誰かが言った。
僕は震える手で「歌舞伎町 居抜き物件」で検索した。
手ごろな値段の物件が何百件と出てきた。
できる!と思った。
お金をかけて内装なんかしなくていい。
街みたいなテーマパークを創らなくていい。
そこにはもうすでに街がある。
そこにはもう本当の内装の整ったキャバクラやバーやホストクラブがあり、居抜きの物件を僕らで借りればいいのだ。
物語の舞台はすでに整ってる。
あとは、物語を作るだけだ!

あんな風に興奮したのは久しぶりだった。
新しい仕組みを見つけたと思った。誰も見つけてない宝物を見つけたんだ。
街をそのまま使って、そこに物語を埋め込めばいい。
すべてのハードはすでに完成していて、あとはソフトを埋め込むだけだと気づいたときは、本当に幸せな気分だった。
すべてのパーツはもうそろっていて、あとは物語を作るだけだったんだ!!!

そこからはもう雪崩みたいにアイデアがあふれ出てきた、
だったらもういくつもの物語が重層的に織りなす構造にしようとか、歌舞伎町で街歩きなら「私立探偵 濱マイク」とか「探偵はBARにいる」みたいな探偵ものがいいよねとか、キャラデザインはこの人にお願いしたいとか、音楽はこれだとか、脚本はこの人だとか、謎と物語の比率はとか、そういうことがあとからどんどん決まっていった。

そこから数か月間は僕は歌舞伎町の不動産を回りまくり、契約しまくり、全部でいったいいくつの店を作ったのか、もうよくわかんないけど、とにかく回遊型謎解きゲームのチェックポイントのためだけに歌舞伎町の居抜き物件を借りまくった。
どんだけお金が出てったのかよくわかんないけど、そんなのどうでもよかった。
こんなすごい思い付きを形にできるという多幸感で走り続けてた。

社内クリエイティブチームも最高のブッキングをした。
歌舞伎町探偵セブンというプロジェクトのために、会社のあらゆる可能性を注ぎ込んだ。
みんなで歌舞伎町を歩きまくって、この街に適切な物語について考え続けた。

出来上がったこの6個の事件をゲームを俯瞰してみて、いまざわざわとしてる。
これは、ひょっとしたら僕らは、とてつもないものを創ってしまったんじゃないか。
僕らが想定したよりもずっとすごい「物語体験」を生み出してしまったんじゃないかと思っている。
このゲームは、とうとう本当の意味であなたを主人公にしてしまうだろう。
あなたたちを、特別なチームにしてしまうだろう。
日常と地続きなこの場所でする特別な体験は、あなたの日常に忍び込み、あなたの普段の生活もミステリアスにしてしまうだろう。

あなたは歌舞伎町で起こる数々の不可解な事件の捜査に乗り出す。
あなた自身にもいくつもの謎がある。
あなたには歌舞伎町探偵セブンに入らなくてはならない理由がある。
あなたは捜査しなくてはならない。そして解決しなくてはならない。
あなた自身がどうしても乗り越えなくてはならないあの事件を解決するために。

あなたはキャバクラやホストクラブやバーやスナックを訪れ、その中にいる人々に問いかけ、聞き込みをし、推理を働かせ、事件の結末に迫らなくてはならない。
この街にはあなたが救わなくてはならない人がたくさんいるのだ。

そう。そしてそれは、あなたが今暮らしているその世界と同じことなのだ。

どうか、歌舞伎町探偵セブンを遊んでほしい。
あなたの感じたことのない感情がそこにはあるから。
あなたが観たことも聞いたことも読んだこともない物語がそこにあるから。

https://mysterycircus.jp/tanteiseven/

SCRAP 加藤隆生

kato takao** 22/12/2017 金曜日 12:10 | Link | TB (0) | コメント(0)
2017年12月18日
僕が東京ミステリーサーカスを創ろうと思った本当の理由

たしか、8年くらい前だと思うけれど、世の中を騒がすある深刻な事件が起こった。
犯人はすぐに捕まえられた。
その犯人は法廷でこう証言した。
「死刑にしてください。生まれ変わったら勇者になって世界を救いたい」

僕はその小さな囲み記事を読んだときに、なぜかわからないけれどものすごく強い衝撃を受けた。
しばらく、深く悲しんだ。被害者にも加害者にもなんのつながりもなかったけれど、とにかく深く深く悲しかった。
あの事件が起こってしまったのは僕のせいだったんじゃないかとすら思った。
僕がもっとはやく、もっと深く、世界に「物語の体験」を伝えなくちゃいけないと思った。
ばかばかしく聞こえるだろうけれど、本当にそう思った。

僕ならたぶん、彼に言ってあげられたのだ。
「今君がいるこの世界のこの時代でも、君はちゃんと勇者になれるんだぜ」って。
ひょっとしたらそれは、あの時、僕にしか言えない言葉だったかもしれない。

物語の中に入りたいと最初に願ったのはいつだったか。
「はてしない物語」を読んだ時だったか。
「ドラえもん」を小学校一年生で読んだ時だったか。
「グーニーズ」を観た時だったか。
ごたごたがあったといえるほどではないけれど、なんとなく暗い少年時代に、僕は必至で物語を読みふけり、こんな物語みたいな日常がやってくることを痛切に願った。
猫型ロボットが、引き出しからひょっこり顔をだす瞬間を願い続けた。
屋根裏部屋から宝の地図が偶然見つかることを願い続けた。
ネバ―エンディングストーリーみたいに、本の中に入れることを、願い続けていた。

わかったことは一つだけ。
物語みたいなことは、物語の中でしか起こらないってことだ。
そう気づいたのは10代の半ばくらいだっただろうか。

そのままぼんやり大人になって、大学を出て、会社を辞めて、売れないミュージシャンになって、フリーペーパーを作りながら、それでもずっと、どうやったら物語の中に入れるのかを考えてた。

リアル脱出ゲームというアイデアを思いついたのは、32歳の春だった。
このアイデアがあれば、物語の中に入ったような体験を作り出せる!と思った。
2007年7月7日。最初のリアル脱出ゲームが開催された夜に僕は、スタッフ全員にメールを送った。
「やっと見つけた!!これは物語の中に入ったような体験ができるゲームだ!」と。

リアル脱出ゲームが生まれてから二年ほどたって、その事件が起こった。
彼は「早く生まれ変わって勇者になりたい」といった。
僕は思った。もっと早く、このゲームを世界に広めなくてはいけない。
彼のような人を、リアル脱出ゲームは救うのだから。
そして、僕のような少年をリアル脱出ゲームは救うのだから。

リアル脱出ゲームを作り続けてこられた理由はいくつもあるけれど、そのうちの一つはこれだ。
僕は彼のために、彼みたいな人のために、そして僕みたいな人のためにゲームを作り続けた。

リアル脱出ゲームを作りながら、僕はずっと短編小説を作ってる気持ちだった。
本来なら10時間くらいかけて説明される物語の、最後の一時間だけを提示しているみたいな気持ちだった。
短編小説は、そのフォーマットゆえに、物語の始まりから描くことはできない。
一ページ目から、もう物語は起承転結の転から始める必要がある。

クリアするのに何十時間もかかるドラクエみたいに、12話まであるテレビドラマみたいに、読み終わるまでに一か月もかかる長編小説みたいに、僕らが作る物語ももっと長い時間人々を夢中にさせる必要があるとずっと思ってた。
そうでないと、日常を変えるほどの影響力を持てないと思っていたから。
いつ来ても、そこには物語があり、その物語は一日ではとても終わらず、ずっとつながっていくような、そういう場所が今この世界に必要だと思っていた。

---------------------------------------------------------------

ある日あなたは目を覚ます。
いつもの部屋。いつもの時間。いつもの温度。
さてと、今日もいつもの会社に出かけなくてはならない。
気が重い。
今日もあの、くだらない文句ばかり言う上司の機嫌を取らなくてはならない。
取らなくてもいいのだけど、取らないとさらにめんどくさいことになる。

あなたは支度をして、外に出る。
いつもの風景が広がっている。

でも、今日見る風景はいつもと違う。
昨日東京ミステリーサーカスに行ったからだ。

あなたの家の向かいでは、とんでもない銀行強盗の計画が立てられていたのかもしれない。
今すれ違ったあの人は、世界的な科学者で、人類を飛躍的に発展させるある研究をしているのかもしれない。
今歩いているこの道の地下には、とてつもない宝物が埋まっているのかもしれない。

ほんの少し見方を変えれば、そこにはキラキラした宝物がいっぱい埋まっていることをあなたはもう知っているのだ。昨日そのことを知ったのだ。
ただの部屋が物語の舞台になり、壁は物語から手紙が届く装置になっていた。
研究所に忍び込み、歌舞伎町を歩き回って信じられない結末の事件を解決した。
あなたはもう昨日までのあなたではない。

この日常の中にこそ物語があることをしっているのだ。

-----------------------------------------------------------------

そんなことを、みんなが思える場所をつくろうと思って、東京ミステリーサーカスをつくりました。
どうか、世界に素敵な物語があふれますように。
その物語はきっとあなたの日常を豊かにするから。
豊かになったあなたの日常は、きっと、さらに豊かな物語を作るだろう。

僕がこの10年考えてきたことは、ざっくりいうとそんな感じのことです。
僕らがつくりたいものは、そういうものです。

あえて胸を張って、偉そうにいいますね。
来てくれたらわかるから、来てください。来てくれないとわからないから。

https://mysterycircus.jp/

SCRAP代表
東京ミステリーサーカス代表
加藤隆生

kato takao** 18/12/2017 月曜日 13:18 | Link | TB (0) | コメント(0)
2017年12月13日
その2 なぜ東京ミステリーサーカスをつくろうと思ったのか

東京ミステリーサーカスを創ろうと思ったもう一つの理由は、もっとみんなが夢中になれる場所がないといけないと思ったからだ。

もちろん、僕らはこれまでもヒミツキチオブスクラップや、アジトオブスクラップなどの場所をたくさん作ってきた。そこでたくさんのリアル脱出ゲームを公演してきた。
でも、リアル脱出ゲームは宿命的に一度しか遊べない。たとえ「君は明日と消えていった」のみずきのことが大好きだと思っても、もう会えない。一度しか会うことができない。もちろん、ヒミツキチラボにはまた行くことができる。でも、行けるのは「君は明日と消えていった」が終了した後だ。みずきにはもう会えない。

テレビゲームや、映画や、マンガや、小説や、演劇や、音楽や、遊園地やミュージカルなどほとんどすべてのエンターテインメントジャンルは「何度も繰り返し同じ触れることができる」。当たり前のことだ。
でも、リアル脱出ゲームではその当たり前のことができない。

そのことはずっと僕らを悩ませていて、その一つの解決策として「謎ビル」という概念を作った。
一つのアジトを体験してもらって、もし好きだったら、すぐにその隣のアジトに行ける。
もしあなたがリアル脱出ゲームを好きになってくれたら、すぐ隣の別のリアル脱出ゲームを遊べる。

でも、それでは、リアル脱出ゲームというフォーマットへの理解は深まるものの、「君は明日と消えていった」という世界観への愛を示すことはできないし、みずきというキャラクターとの親愛を深めることもできない。
僕らは「スラムダンクの流川」とか「ワンピースのゾロ」とかを愛して、その集合体としての「マンガ」も好きにはなるけれど、「マンガが好きだから流川やゾロを好きになる」わけではない。
僕らは、10年かけてリアル脱出ゲームというフォーマットを好きになってもらうことにはうっすら成功してきたけれど、リアル脱出ゲームというフォーマットのソフトの世界観やキャラクターを好きになってもらうことには成功しなかった。
成功したとしても単発で、短期間なものになってしまった。

だから、僕は、何度も足を運べて、足を運ぶたびに新たな発見があって、物語の深い部分を少しずつ知ることができて、その物語の断片がさまざまな場所で結びつき、大きな一つの物語を形作るような場所が必要だと思っていた。
もし、僕らが作ったものを好きになってくれたなら、もっと好きになるための仕組みがある場所を作りたかった。
もしみずきを好きになってくれたなら、なんども繰り返し会えるような場所を作りたかった。
ちゃんとそこに愛があるなら、その愛の発露となる場所を創らなくちゃいけないと思っていた。

その場所が東京ミステリーサーカスです。
正直に言うと、今東京ミステリーサーカスにあるゲームがすべて有機的につながっているわけではない。
これまで通りの独立したリアル脱出ゲームもある。
でも、少なくともリアル捜査ゲームは、一日だけですべての事件を解決することは絶対にできないボリュームだし、独立したリアル脱出ゲームから派生したゲームやグッズなどもふんだんにある。
さらにいうなら、東京ミステリーサーカス自体に隠された大きな物語もこれからきっと生まれていくはずだ。

ディズニーランドが素晴らしいのは、愛されているのはアトラクションではなくて、その入れ物である「ディズニーランド自体」なんですね。だから、その中でさまざまな実験をしてもぶれることなく愛される。
世界中のテーマパークがディズニーランドを目指して失敗してきたのだと思うので、僕らもただやみくもにディズニーを目指すわけではないけれど、「愛される器」を創ることは目標としてやっていきたいと思います。

あと六日でオープンです。
絶対に前売りでチケットを争奪しなくちゃ入れない建物ではなく、ふらっと食事のついでとか、飲んだ帰りとかにも寄れるような場所を目指しました。
もちろん慎重なあなたのためにチケット予約のシステムも完備していますが、まあ、基本的にはふらっときて楽しめる場所です。

死にものぐるいでつくったけれど、ふらっと半笑いで遊びに来てくださいませ。
つまらなかったら叩いて、おもしろかったら褒めてください。
僕らはどちらも受け止めたり、するりとかわしたりしながら、しなやかに変わり続けていくつもりです。

では、東京ミステリーサーカスでお会いしましょう。
https://mysterycircus.jp/

kato takao** 13/12/2017 水曜日 19:49 | Link | TB (0) | コメント(0)
2017年12月11日
なぜ東京ミステリーサーカスをつくろうと思ったのか

東京ミステリーサーカスオープンまであと一週間くらいになった。
1年以上前から僕はこのプロジェクトをああでもないこうでもないと考え続けてきた。
オープンしてからだといろいろとバイアスがかかってしまう気がするから、オープン前に「なぜ東京ミステリーサーカスをつくろうと思ったのか」をまとめておきたい。いつかこのプロジェクトが迷走してしまった時にまた戻ってこれるように。

まず最初の理由は、ぼんやりと今あるリアル脱出ゲームというフォーマットに限界を感じ始めていたこと。
SCRAPには新しいフォーマットが必要だと思っていた。
そこに割くべき制作費や期間や人件費や維持費などはどんどん僕らを窮屈にしていったし、過去の成功体験が会社を硬直させている気がしていた。
どんどんみんなが新しいことを思いつけるフォーマットだったはずだけど、フォーマットの中にいくつもの定型が出来上がり、それを壊そうとする力が失われているように思っていた。
なんとかそのフォーマットを壊そうと、リアルタイムループゲームやプロジェクションテーブルゲームなどを個人的に思いついてはみたけれど、それがどんどん広がってリアル脱出ゲームを駆逐するような存在にはならなかった。

そもそもこれまでのリアル脱出ゲームの発展は、ラッキーの連続だった。
さまざまな分野の人たちから声をかけられ、その刺激で新しいことを思いつけた。

ハード面からは様々な施設から声をかけていただいた。
スタジアムや遊園地、テーマパークなどの大きなところから、劇場、廃墟となった病院、廃校になった小学校、使われなくなった倉庫、ギャラリー、ホテル、郵便ポスト、地下鉄、鉄道、コンビニ、ショッピングセンター、デパート、フェス、そして町。
もうやってない場所なんてないんじゃないかってくらい、いろんなところでやることができた。

ソフト面からはもう言うまでもないだろう。
日本を代表するさまざまなアニメ、マンガ、ゲーム、映画、バンド、音楽、アートとコラボさせていただいた。

どのハード、どのソフトにも刺激があって、僕らはその都度その刺激をもとに思いついてきた。
外部からの上昇気流によって飛翔してきたといっていいと思う。
それらは僕らだから思いつけたものだ。でも、僕らのもとにその刺激が来てくれたから、思いつけたことだとも思う。

でも、もうその刺激が数年前にひと段落してしまったように思う。
もちろん単発では幕張メッセでやったドラクエとか、西武ドームでやった1万人リアル脱出ゲームとかはすごかった。でも、あまりにすごすぎて広がっていかないし、日常化しない。それでは僕らの望む「日常まで面白くするエンターテインメント」には届かない。
一夜だけのとてつもないパーティーはもちろん素晴らしいけど、それが日常を侵食していかなくては意味がない。

だから僕はここ数年、リアル脱出ゲームに変わる新しいフォーマットを構築することをずっと考えてきた。
でも、リアル脱出ゲームというフォーマットは、物語体験とビジネス面のバランスという点では異常にすばらしく、これを超えるフォーマットを発見・発明するのは相当大変だと思っていた。

そんな中、いくつかの出会いと、いくつかのきっかけがあって僕がたどり着いた答えは「フォーマットの入れ物をまず創造する」ことだった。
例えば、「沈みゆく豪華客船からの脱出」をソフトだとして、「リアル脱出ゲーム」をフォーマットだとするのなら、それを毎日行っているアジトオブスクラップ(10人程度が入れる自社小屋)やヒミツキチオブスクラップ(100人程度が入れる自社小屋)は入れ物だ。インフラと呼んでもいいかもしれない。
ヒミツキチやアジトはリアル脱出ゲームをするために作られたものなので、そこにはある種の宿命的な限界があると思っていた。
というよりも、リアル脱出ゲームというフォーマットがあまりにしなやかに成長していくので、これまで入れ物には相対的に注目していなかった。

その一方で、リアル脱出ゲームを本当の意味でクリエイティブにしていたのは、その入れ物であることにもこっそり気づいてはいた。
アジトやヒミツキチのスタッフの異様なクオリティにはずっと前から気づいていて、感謝していた。僕が思いついたものを世の中に伝えてくれているのは彼らだと思っていた。彼らのことをクリエイトされたものを伝える素晴らしい人たちだと考えていた。
しかし、ある時気づいた。彼らの演技や熱意や立ち振る舞いこそクリエイティブで、そこから立ち戻って僕らはゲームを作り出さなくちゃいけないんじゃないかと。

だとしたら、アジトやヒミツキチはもっと自由で有機的な場所でなくてはならない。
アジトでもヒミツキチでもなくそれらが複合的に組み合わさり、それらが影響しあい、その施設全体から何らかの物語が立ち上らなくてはならない。
そして、その施設に物語を立ちのぼらせるためのフォーマットを創ればいいのだと気づいた。
だとしたら、それはテーマパークと言ってしまえるものでなくてはならないだろう。
テーマパークがあれば、その中に入れるアトラクション(フォーマット)は強制的に思いつき続けなくてはならない。
東京ミステリーサーカスは、僕らにとってさらに面白いフォーマットを思いつくための装置である。

それが、東京ミステリーサーカスを創ろうと思った一つ目の理由。
あまりに長くなったので、残りは後日。

kato takao** 11/12/2017 月曜日 17:00 | Link | TB (0) | コメント(0)

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